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愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に〜  作者: 暁 龍弥
少年編

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第66話

レムリアの外れに開いた階段は、

今までのどの階層よりも、静かで、冷たかった。


降りる一歩目を踏み出した瞬間――

背中に、かすかな“視線”を感じる。


(……見送られてる、のか)


僕は振り返らないまま、

レムリアという名を得た街の気配を背負うようにして歩いた。


「なんかさ」

先頭を歩きながら、セレナがぽつりと言う。


「さっき、街に名前つけたときから……

 空気、変わってない?」


エリシアが頷く。


「ええ。

 迷宮内部の“密度”が上がってる。

 アルスたち七人を、“正式に深層攻略者として認めた”みたいな感じ」


マリーヌが小さく首を傾げる。


「それって……いいことなんですよね?」


ルクレツィアは苦笑する。


「“歓迎”というより、“本気で試し始めた”ってところかしら」


リズは静かに呟く。


「それに加えて――外からの干渉も強くなってる」


僕は眉をひそめた。


「外から?」


「ええ。

 迷宮の壁を叩くような魔力の波が、さっきから何度か来てる。

 地上の誰かが、こっちを覗こうとしてる気配」


(帝都か、教会か、それとも別の国か)


面倒なことになり始めている予感だけが、

確かに胸に残った。


◆◆◆


階段を抜けた先は、細長い通路だった。


壁は黒く、床は鈍い灰色。

天井は低く、息が詰まりそうなほど空気が重い。


「うわ、最悪の景色更新したかも」

セレナが顔をしかめる。


マリーヌは耳を倒して、肩をすくめた。


「匂いは……さっきよりちょっとマシですけど……

 なんだかじっとりしていて落ち着かないです……」


エリシアが壁に手を触れ、魔力を読む。


「この階層――“持続戦”用ね。

 大きなボスは出ない代わりに、

 小型の魔物が途切れなく出てくるタイプ」


ルクレツィアは口元を引き締める。


「連戦で疲労と集中力を削り取って、

 最後にはミスを誘う……迷宮らしい嫌らしさだわ」


リズが前を見据えた。


「でも、今の私たちなら乗り切れる。

 七人の陣形は、もう“形”になっているもの」


セレナがニヤリと笑う。


「んじゃ、軽く肩慣らしといきますか、リーダー」


僕は剣を抜き、軽く構える。


「無理はしない。

 ここは“七人で最後まで立っていられるか”を確認する場だ」


その言葉の直後――

通路の奥で、液体が滴るような音がした。


ぬるり、ぬるり。


姿を現したのは、黒いゼリー状の魔物たち。

目も口もない塊が、床を這うようにこちらへと迫ってくる。


マリーヌが眉をひそめる。


「ぷるぷるしてます……気持ち悪いです……」


エリシアが即座に分析する。


「粘性の高いスライム種。

 物理攻撃は通りにくいけど、

 魔力干渉と属性攻撃には弱いタイプね」


セレナが手のひらに炎を灯す。


「はい、出番いただきましたっと」


ルクレツィアが前に出て、盾役を引き受ける。


「炎が通るなら、

 私が受け止めてセレナが焼く。

 単純でいいわね」


リズが広域回復の準備を整える。


「疲労と小さなダメージが積もる前に、随時回復を回すわ」


僕は、七人の動きを“俯瞰”でイメージしながら言った。


「じゃあ――

 行こう。

 七人で“歩きながら勝ち続ける”ための戦いだ」


◆◆◆


小型スライムとの戦いは、想像よりも“噛み合っていた”。


セレナの炎が、

ルクレツィアの作るラインに沿って流れ、

マリーヌが生き残った個体の“核”を正確に突く。


エリシアは魔力の流れを読み、

スライムが増殖しそうなポイントをこまめに潰していく。


リズの回復魔法は、

誰かが傷つく“前に”発動していた。


(……みんな、強くなっている)


気づけば僕は、

“導く”よりも“微調整”に徹するだけでよくなっていた。


未来の枝を少しだけ撫でて、

最悪だけを潰す。


それだけで、

七人は自然と勝ち続けていた。


「ね、ねえアルス」

休憩を挟んだ小さな広間で、セレナが横目で僕を見る。


「さっきからさ、

 あんた、ちょっと“手ぇ抜いてない?”」


僕は水を飲みながら首を傾げる。


「抜いてない。

 みんなが強くなったから、

 俺が細かく動かなくてもよくなってきてるだけだよ」


マリーヌがぱあっと顔を輝かせる。


「本当ですか!?

 私、ちゃんとお役に立ててます……?」


「もちろん。

 さっきの核の処理、完璧だった」


マリーヌの尻尾が、

ブンブンと勢いよく揺れた。


その様子に、

セレナが頬をふくらませる。


「……はいはい、よかったわね。

 なんか最近、素直に褒めるよねアルス」


エリシアが眼鏡を押し上げる。


「感情の出力が以前より増えてるのは事実ね。

 孤独階層での経験が影響している可能性が高いわ」


ルクレツィアが肩で笑う。


「要するに、“照れ隠しやめた”ってことでしょ。

 いい傾向じゃない」


リズはくすりと笑う。


「そのぶん、私たちの感情のほうが追いつけなくて、

 少し混乱している気もするけれど」


全員の視線が、わずかに泳ぐ。


――あの孤独階層で見せられた“もしもの未来”は、

誰の中にもまだ棘として残っている。


捨てられるかもしれない、自分。

守れないかもしれない、誰か。


だからこそ、

今のこの時間が、必要以上に眩しくて、怖い。


(……このまま、

 何も失わずに進めるとは限らない)


そんな現実を、

誰もがうっすらと理解していた。


◆◆◆


連戦をいくつかこなし、

通路の空気がようやく軽くなり始めた頃――


エリシアが不意に立ち止まる。


「……今の、聞こえた?」


「え? 何が?」

セレナが首を傾げる。


リズも耳を澄ませる。


「……祈りの残響。

 それも、かなり古いもの」


マリーヌは首を傾げた。


「私には何も……」


僕も、一瞬だけ何かが引っかかったような感覚があった。


(誰かが――名前を呼んだ?)


ノイズで掻き消される前の一瞬。

たしかに耳に届いた“声”。


『――ア……』


そこまで聞こえた瞬間、

通路全体が強く揺れた。


「っ、来る!」


ルクレツィアが即座に構える。


薄暗い天井から、

黒い影がいくつも落ちてきた。


さっきまでのスライムとは違う。

鋭い脚を持ち、

蜘蛛のように壁を走る魔物たち。


「分断型の小型群体!」

エリシアが叫ぶ。


「狙いは隊列の乱れ――

 後衛を先に狙ってくる!」


蜘蛛型の魔物が、

高速で通路を這い回る。


セレナが即座に炎を走らせるが――

何匹かが炎をすり抜けて、

マリーヌとリズのほうへ跳びかかる。


「させない!」


僕は、迷わず前へ飛び出した。


未来の枝が瞬時に広がる。


・セレナが炎を追加出力→通路全体が灼ける

・ルクレツィアが強引に突っ込む→前線が薄くなる

・マリーヌが自分で避ける→リズが傷つく


全部捨てる。


“誰も傷つかない枝”が薄く光った。


(――届く)


一歩。


僕は“前”ではなく、“横”に踏み出した。


蜘蛛の進行方向を、

半歩ずらす角度で剣を振る。


金属のような脚が弾け、

わずかな軌道の修正で、

魔物たちはリズとマリーヌの“すぐ横”をすり抜けていった。


「今!」


その一瞬のズレを逃さず、

ルクレツィアとセレナが同時に斬撃と炎を叩き込む。


通路は、

一瞬で静かになった。


セレナが目を見開いて言う。


「……今の。

 あんた、自分が前に出て全部叩き斬るんじゃなくて、

 あたしたちに“合わせる”動きしたわよね」


僕は剣を納めながら頷いた。


「七人で勝つって言ったから。

 俺だけが無茶しても意味がない」


マリーヌが胸に手を当てて、

ほっと息を吐く。


「ありがとうございます……

 守られたのに、ちゃんと“一緒に戦えた”気がしました……」


リズが柔らかく微笑んだ。


「アルスの“導き方”が変わってきてる。

 守るというより、“並べて歩かせている”感じ」


エリシアも小さく笑う。


「フェイトリードが、

 “みんなの未来のため”に使われ始めている。

 これはかなり面白い変化よ」


ルクレツィアが肩で笑う。


「ようやく“七人のリーダーの顔”になってきたじゃない」


褒められているはずなのに、

妙にくすぐったい。


僕は視線を逸らし、

通路の先を見た。


そこで――ふっと、

別の気配を感じた。


誰かが、

こちらを覗き込んでいる。


迷宮の外から。

あるいは、もっと遠い場所から。


◆◆◆


同じ頃。


ヴァレリア帝国・帝都。

中心塔の上層階にある執務室で、

宰相は一通の文書に目を通していた。


「……レムリア」


その響きを、

紙の上で何度か転がす。


窓の外には、

整然とした街並みと、

遠くに見える迷宮の入り口。


そこへ、

扉をノックする音が響いた。


「入れ」


現れたのは、

白いローブに身を包んだ少女だった。


年の頃は十代後半。

淡い水色の髪を後ろで束ね、

腕には魔道具らしき輪がいくつも付いている。


少女は短く一礼した。


「宰相閣下のご要望に応じ、

 迷宮深層観測用の“視点転移魔術”の準備が整いました」


宰相が口角を上げる。


「さすがは“蒼の塔”の最年少筆頭魔導、

 ユリア・アークレイン殿だ」


少女――ユリアは表情を崩さない。


「お世辞は不要です。

 私の興味は、ただひとつ」


ユリアは窓の向こうの迷宮を見た。


「深層で、

 “封印された時代の残滓”が動いている。


 ノアの時代に封じられたはずの力が、

 今になって揺れ始めている」


宰相は静かに頷いた。


「それを引き起こしている可能性が高い少年――

 アルス・アドマイヤ。


 彼の存在を、

 そちらとしてはどう評価している?」


ユリアは短く考え、

やがて迷いなく答えた。


「危険。

 同時に――観測する価値のある“現象”です」


それは、

人ではなく“現象”を見る者の言葉。


だが、その目には

わずかに好奇心と、

別の感情が揺れていた。


「直接会ってみたいですね。

 ノアの残滓がどう変質して“今の彼”になっているのか、

 確かめたい」


宰相は満足げに頷いた。


「ゆくゆくは、

 君に彼のフォローを任せることになるかもしれんな」


「そのときは、

 全力で観測させていただきます」


ユリアの瞳に、

薄い蒼の光が灯った。


◆◆◆


そしてまた別の場所。


教会本部から離れた、

静かな巡礼路。


フードを深く被った大聖女が、

杖をつきながら歩いていた。


「……若いっていいわね」


背後から歩いてくる護衛騎士が、

肩をすくめる。


「大聖女様がそれを言いますか」


「こんなおばあちゃんを“現場”に出そうとするほうが悪いのよ」


そう言いながらも、

大聖女の足取りは軽い。


「レムリアという名前を、

 迷宮の中にもう一度刻んだ子がいる。


 その子に――会っておきたいのよ」


「危険ですよ。

 迷宮深層は」


「危険じゃない場所なんて、

 今の世界にはあまり残っていないわ」


大聖女は杖の先で小石を軽くつつく。


「それにね。

 “世界の終わりの気配”を感じるなら、

 最後まで立ち会っておきたいの。


 前の時代は、

 私は祈るしかできなかったから」


護衛騎士は、

それ以上何も言えなかった。


◆◆◆


再び迷宮、通路の先。


連戦を乗り越えた僕らの前に、

ついに開けた空間が現れた。


そこは――


何も、なかった。


床も壁も天井もある。

けれど、すべてが白く塗りつぶされている。


奥も、境界も見えない。

ただ、広がる。


セレナが眉をひそめる。


「……なんか、今までの階層の“逆”って感じ」


エリシアは目を細める。


「情報があるほうがマシね。

 ここまで何もないと、逆に“何でもあり”になる」


マリーヌはおずおずと足を踏み出す。


「匂いも何も……本当に何もありません……」


ルクレツィアが剣を抜きながら言った。


「油断すると、足元をすくわれそうね」


リズは、ふと周囲に目を向けて呟く。


「……私、この感じに覚えがある」


全員が顔を向ける。


リズは遠い昔を思い出すように目を細めた。


「ノアが封じられる前、

 一度だけ“何もない空間”で話したことがあるの。


 始まりでも終わりでもない場所――

 物語の外側」


僕の胸が、

ひどく強く脈打った。


(そこに、行くのか)


そのとき――

白い空間の中心に、

黒い点がひとつ生まれた。


点はすぐに線になり、

線はやがて人の形になる。


仮面の人物ではない。

もっとぼんやりとした、“影”。


だが、その視線だけははっきりとわかった。


まっすぐ、

僕だけを見ている。


セレナが即座に炎を灯す。


「敵?」


エリシアも魔力を構える。


「わからない。

 でも、ここまでの“人格”とも違う気配」


ルクレツィアが言う。


「迷宮そのもの……?」


リズは、

少しだけ震える声で言った。


「……違う。

 これは――“物語を読んでいた誰か”」


影は呟いた。


『やっと、ここまで来たのね』


声は、

どこか懐かしくて、

だけど誰のものか判別できない。


『ノアでもない。

 アルスでもない。


 あなたは、あなた自身として――

 ここから先の物語を書いていく』


僕は、息を呑んだ。


「お前は、誰だ」


影は、答えない。


ただ、

僕たち七人の姿を、

ゆっくりと見回した。


『七人で終われる物語なんて、

 きっと“世界のどこにも用意されていない”』


影は続ける。


『けれど――

 用意されていないなら、書けばいい。


 それが、あなたたちが選んだ道』


白い空間が、

ふるふると震え始める。


足元から、

新しい道が生まれていく。


それは、

迷宮に似ていて、

迷宮ではない道。


影は最後に、

僕だけを見つめて言った。


『七人の未来を選んだアルス・アドマイヤ。


 ――ようこそ、“物語の底”へ』


影が消えた。


白い空間の奥に、

黒い渦が口を開ける。


そこから吹き込んでくる風は、

不思議なことに、

少しだけ“レムリアの匂い”がした。


セレナが苦笑する。


「もう戻れないところまで来ちゃった感じね」


マリーヌは緊張で耳をぴんと立てる。


「でも……みんなと一緒なら……」


エリシアが静かに言う。


「ここから先は、

 迷宮攻略じゃなくて“物語を選ぶ行為”になるわ」


ルクレツィアは堂々と笑った。


「望むところよ。

 私は、私のわがままを最後まで通すつもりだから」


リズは、

ほんの少し切なそうに微笑む。


「ノアの時代が閉じていく音がする。

 でも、それでいい。


 あなたたちの時代に、

 私は最後まで付き合う」


僕は剣を握り直し、

七人の前で宣言した。


「どこまで行っても、

 俺たちは七人で進む。


 七人の物語を――

 ここで、最後まで貫く」


黒い渦へ向けて、一歩。


七人の足音が重なる。


迷宮の底か。

物語の底か。

世界の底か。


その全部が一つに重なる場所へ――

僕らは、七人で踏み込んだ。


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