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愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に〜  作者: 暁 龍弥
少年編

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第63話

落下は、一瞬だった。


なのに、永遠にも感じられた。


視界は真っ暗。

風もない。

体が落ちているのか、宙に浮いているのかさえわからない。


ただ――


胸の奥だけが、

じんじんと熱かった。


(……みんな)


セレナ

ルクレツィア

マリーヌ

エリシア

リズ


さっきまで、肩が触れ合うほど近くにいた。

呼吸も、鼓動も、温度も感じられた。


今は何もない。


声も、気配も、糸一本すら――


◆◆◆


ふっと、足に“地面”の感覚が戻った。


真っ暗だった視界に、

ゆっくりと灰色の世界が滲んでくる。


広い、けれど空っぽの空間。


天井も壁も床も、すべてが同じ灰色で、

距離感すら掴めない。


(……また、ここか)


さっきの闘技場でも見た“灰”。

けれど今は、石も建物も何もない。


あるのは――僕ひとりだけ。


「アルス」


名前を呼ばれて、反射的に振り向いた。


そこに立っていたのは――


金髪に紅い瞳の少年。

僕と同じ顔で、

僕とはまったく違う目をしている。


『久しぶりだな』


ノア。


前世の、僕自身。


僕は眉をひそめた。


「……お前が出てくるってことは、

 相当イヤな階層なんだろうな」


ノアは肩をすくめる。


『自覚があるなら話は早い。

 ここは“選んだ結果しか残さない階層”だ』


「選んだ、結果?」


ノアは灰色の床を爪先で軽く蹴った。


『お前が“七人で進む”って言い切ったからな。

 迷宮は、その覚悟を試す。


 ここでは、

 “手を伸ばして届かなかったモノ”だけが残る』


胸が、嫌なふうに軋んだ。


「そんなもん、見せられなくても覚えてる」


『――本当に?』


ノアの後ろに、影が揺れた。


灰色の世界に色が差す。

赤、青、白、黒、金。


それは、ひとの形を取っていく。


セレナの姿。

マリーヌの姿。

エリシアの姿。

ルクレツィアの姿。

リズの姿。


五人が、僕の目の前に並んでいた。


『どれか一人は“助けられない”。

 さあ、選べ』


ノアの声は、酷く冷たかった。


◆◆◆


同じ頃――


別の場所で、

セレナも目を覚ましていた。


狭い通路。

ひとりきり。


どこからともなく、声が響く。


「――セレナ」


アルスの声。


「アルス?」


振り向いても、誰もいない。


代わりに、壁がゆっくりと歪み、

映像のように広がっていく。


そこには、

さっきまでの七人の姿が映っていた。


ただひとつ違うのは――

その中に、“自分がいない”こと。


アルスが剣を構え、

ルクレツィアとリズが隣に立ち、

マリーヌとエリシアが後ろで支え、


セレナだけが、

どこにもいない。


「……は?」


笑い飛ばそうとした。


だが、映像の中のアルスが

静かに口を開く。


『セレナは、

 “連携を乱すから”ここにはいらない』


心臓が、どくんと跳ねた。


「ちょっと待ちなさいよ、

 そんなこと言うわけ――」


『炎は制御が難しい。

 感情で暴走しかねない。


 だから――

 “切り捨てたほうが安全”だ』


アルスの声は、淡々としていた。


映像の中のルクレツィアが頷く。


『合理的な判断だと思うわ』


リズも静かに言う。


『未来を選ぶなら、

 “扱いやすい戦力”を残すのは当然』


マリーヌは俯いたまま呟く。


『ごめんなさい、セレナ様……』


エリシアも、目を伏せている。


「――――っ」


セレナは、拳を握りしめた。


(わかってる。

 こんなの“見せられてるだけ”だってことくらい

 わかってる)


でも、胸が焼けるように痛かった。


七人で進むって、

あんなに言ってたのに。


捨てられるとしたら――

自分が一番最初だという感覚は、

どこかに確かにあったから。


「……上等じゃない」


セレナは唇を噛み、

炎を指先に灯した。


「ぜったいに、そんな未来にはさせない。

 あいつが“私を捨てる”なんて――

 そんな未来、ぶっ壊してやる」


◆◆◆


別の場所。


マリーヌは、

暗い森のような空間を歩いていた。


木々は灰色、

葉も花もない。


聞こえてくるのは、

自分の足音だけ。


(アルス様、どこですか……)


不意に、前方がひらけた。


そこは、小さな広場のようになっていて――

その真ん中に“墓標”が一本立っていた。


粗末な木の十字架。


粗い字で、名前が刻まれている。


《マリーヌ・ルクラン ここに眠る》


足が、止まった。


手が、震えた。


「…………え?」


墓の前に、

アルスが立っていた。


ルクレツィアが隣にいる。

セレナも、エリシアも、リズもいる。


みんな、喪服のような黒い衣を着ていた。


アルスが墓標を見つめながら呟く。


『……守れなかった』


ルクレツィアが、静かに目を閉じる。


『戦場で、最後まで迷っていたから』


セレナが唇を噛む。


『一番“庇われる側”だったから』


エリシアは冷静な口調で言う。


『戦術的には、

 最も損失を許容される位置だった』


リズが祈りながら締めくくる。


『でもアルスは、

 本当は一番守りたかったはず』


アルスは、墓標に触れながら言った。


『――違う。

 俺が一番守りたかったのは、

 “七人で勝つ未来”だ。


 だから、“一人の犠牲”を選んだ』


マリーヌの中で、

何かが、ぽきりと音を立てた。


(私が、一番守られない未来……)


怖い。

でも――


「それでも、私は」


震える声で、それでも言った。


「それでも、私は――

 アルス様の“隣に立てる自分”になってみせます……!」


映像が、ひび割れて消える。


そこに残ったのは、

まだ震えが止まらないマリーヌひとりだけだった。


◆◆◆


さらに別の場所。


ルクレツィアは、

ほとんど何もない白い空間にいた。


唯一あるのは、

玉座と、その前に跪く“誰か”。


玉座に座っているのは――

帝王の衣をまとった自分自身。


跪いているのは、

鎧をまとうアルスだった。


玉座のルクレツィアは、

冷たい声で言う。


『アルス・アドマイヤ。

 お前に命じる。


 ――私のためだけに戦え』


跪くアルスが、頭を垂れたまま答える。


『仰せのままに』


その表情は見えない。

でも、背中だけを見てもわかる。


そこに、“自分”はいない。


ルクレツィアは、

玉座に座る自分自身に向かって歯噛みした。


「やめなさい。

 それは間違ってる」


玉座の自分が、紅い瞳を細める。


『間違っていないわ。

 王は、個を束ねる存在。


 アルスは“力”。

 なら、王が独占するのは当然でしょ?』


「違う」


ルクレツィアは一歩踏み出す。


「アルスは、

 “私の支配する駒”じゃない」


玉座の自分が笑う。


『じゃあ、あなたは何も得られない。

 彼を愛することも、

 王としての権力を持つことも。


 世界も、彼も、両方は取れない』


ルクレツィアは――

唇を噛み、血の味を感じながら、それでも笑った。


「上等よ。

 だったら私は、“両方を欲しがる”女でいる。


 世界も、彼も、全部欲しがって――

 絶対に手放さない」


玉座の自分が、かすかに目を見開く。


『そんなわがまま、許されると思ってるの?』


「許させるのよ。

 それが、アルスの隣に立つ女でしょう?」


白い世界に、

小さなひびが走った。


◆◆◆


エリシアは、

迷宮の図書室のような空間にいた。


壁一面、本、本、本。


全て灰色の表紙で、

タイトルも何も書かれていない。


机の上、

ひとつだけ開かれた本がある。


そこには、

膨大な量の文字が、びっしりと並んでいた。


《ノア・■■■■の行動ログ》


《アルス・アドマイヤの選択分岐》


《確率 0.00001%――全員生存》


エリシアはページをめくる。


そこには、

“アルスが七人を救えなかった世界”が

容赦なく記録されていた。


セレナが炎に呑まれた未来。

マリーヌが庇って死んだ未来。

ルクレツィアが政治の渦に呑まれた未来。

リズがノアに縛られて壊れていった未来。


どれにも、

“アルスは生き残っている”。


「……酷いわね」


誰かの声ではなく、

自分自身の声だった。


『エリシア・フェルノート。

 あなたは知識を集めることが好き。


 だったら、“最も合理的な結論”を選びなさい』


アルスが生き残る確率が一番高い世界――

“誰かを捨てる未来”。


そのページが、

何度も、何度も繰り返し現れる。


本が囁く。


『あなたは知っている。

 全員を救う未来は、

 奇跡に近い確率だと』


エリシアは、

ページをそっと閉じた。


「知ってるわよ」


静かな、しかし強い声だった。


「でも――

 “奇跡だから選ばない”っていうのは、

 私の合理じゃない」


机の上の本が、

一斉に震えた。


「私は、知っていて、それでも――

 “七人で生き残る未来”を

 研究対象として選ぶ」


本棚に、ひびが走る。


ページが破れ、

乾いた紙が舞い散った。


◆◆◆


リズは、

小さな教会の中にいた。


懐かしい木の匂い。

高い天窓から射し込む光。


よく知っているはずの場所なのに――

祭壇の前に立つ“自分”が、見たことのない顔をしている。


聖女の衣をまとったリズが、

静かに祈りを捧げていた。


その前には、

血に塗れたアルスが跪いている。


『ノア様――

 どうかこの世界のために、

 もう一度剣を振るってください』


血の匂いと、祈りの言葉。


リズは自分の背中を見つめる。

そこには、

ひび割れた“聖女の光輪”が浮かんでいた。


『世界のために、

 ノア様のために、

 私は何度だって自分を犠牲にします』


今まで、何度そう言ってきただろう。


今も、少しだけ――

その言葉を信じている自分がいる。


でも。


「……それは、昔の私」


リズは、祭壇の自分の背中に向かって呟いた。


「ノアを愛したことも本当。

 世界を守りたいと願ったのも本当。


 でも今の私は――

 “アルスと生きたい”」


祭壇の自分が、

ゆっくりと振り向く。


『そんな自己中心的な祈り、

 神が聞き入れると思う?』


「思わない」


リズは、微笑んだ。


「だから――

 私は神様に祈らない。


 “アルスに頼む”ことにしたの」


教会に、ひびが走った。


『ノア様を捨てるの?』


「捨てないわ。

 あの時間も、あの感情も。


 全部抱えたうえで――

 アルスが笑っている今を、一番に願う」


光が、砕けた。


◆◆◆


そして――アルス。


目の前に並んだ五人の姿を見ながら、

僕はノアに向き直った。


『さあ、選べ』


ノアの声は、冷たい。


『七人のうち、誰か一人は

 “未来から必ずこぼれ落ちる”。


 その誰かを、今ここで決めろ』


セレナが、僕を見る。

あの強気な目で、それでも少し怯えながら。


マリーヌが、僕を見る。

震えながら、でも笑おうとしている。


エリシアが、僕を見る。

真実を見抜こうとする目で、それでも信じようとしている。


ルクレツィアが、僕を見る。

王女としてではなく、一人の女として。


リズが、僕を見る。

ノアを知りながら、アルスを選ぼうとしている。


誰かを選べと言われて――

選べるわけがない。


そんな未来、受け入れられるはずがない。


だけど――


ノアが静かに告げる。


『選ばないということは、

 “ランダムに切り捨てる”ということだ』


胸の中で、《フェイトリード》が脈動する。


無数の枝。

誰かが死ぬ未来。

誰かだけ助かる未来。


どの枝にも、

“誰か一人がこぼれ落ちる”光景が刻まれている。


(ふざけるな)


手が、震えた。


――そのとき、胸の奥で

 七つの光が同時に熱を帯びた。


セレナ

マリーヌ

エリシア

ルクレツィア

リズ


七人でひとつになって進んだ階層で得た、

“認証の光”。


それが、

ノアの見せる未来を上書きするように、

別の枝を照らした。


そこには――

まだ形になっていない、

真っ白な枝が一本だけあった。


“誰も欠けていない”

“七人が笑っている”


でも、その先は何も描かれていない。


未知。

無茶。

奇跡。


「……こんなの、

 未来って呼び方すら怪しいだろ」


ノアが呟く。


『そこには何も書いてない。

 成功の確率はゼロだ。

 世界の修復も、過去の清算も、“物語としての完結”もない』


「知ってるよ」


喉の奥から、

自然と笑いがこみ上げてきた。


「でも――

 “七人で生きて進む未来”って、

 そもそも誰かが用意したシナリオじゃないだろ」


ノアが黙る。


「お前は“用意された終わり”に向かって歩いた。


 俺は――

 “七人で歩きながら、終わりの形そのものを変える”」


ノアは、僕をじっと見つめていた。


長い、長い沈黙の後。


『……お前は、

 本当にバカだな』


心底呆れた声だった。


だけど、その奥に――

ほんの少しだけ、

懐かしい温度が混ざっていた。


『そんな未来を選べるのは、

 “ノアじゃないお前”だけだ』


ノアが、一歩下がる。


五人の姿が、

砂のように崩れ始めた。


『証明してみせろ。

 アルス・アドマイヤ』


世界がひび割れ、

灰色の空間が砕け散る。


落下感覚。

光。


そして――


「アルス!!」

「アルス様!!」

「アルス君!」

「アルス!」

「アルス……!」


五つの声が、

一斉に僕の名前を呼んだ。


その声を、

今度はちゃんと掴めた気がした。


真っ暗な孤独は、

確かに終わり始めていた。

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