第6話 相対
皇帝への謁見は想像していたよりも穏やかに終わった。
とはいえ、僕を狙う死霊王の件は皇帝とごく一部の重鎮だけが知る極秘扱いとなり、表向きの理由として――
『アドマイヤ公爵家嫡男、将来皇帝候補の一人として帝都教育学園に入学する』
――そんな決定が下された。
五歳の僕には突然すぎる展開だが、どうやらこの世界では貴族の子息は六歳から学園へ通うのが一般的らしい。
つまり僕は、周囲より少し早い入学になる。
「アルス、学園では貴族の子どもたちが互いに競い合い、繋がり合う。将来の仲間も、敵もそこで決まる」
父の言葉に母が優しく続けた。
「でも、友だちもできるわ。楽しいこともたくさんあるはずよ。だから怖がらなくていいの。あなたはあなたのままでいい」
その言葉がやけに胸に響いた。
(友だち……前世でそんなものいたことあっただろうか)
記憶は曖昧だが、誰かの手を握った温かさを思い出そうとした瞬間、激しい頭痛が襲い、遮断された。
――思い出すのはまだ早い。
そんな風に何かに止められている気がした。
◆ ◆ ◆
帝都シャナリエ。
巨大な皇城を中心に広がる白い街並みと、上空を飛ぶ魔導輸送鳥艦。
石畳の街道を馬車が行き交い、風に揺れる魔導灯が昼でもきらめいている。
そして――目に映るすべての中心に、
《帝都教育学園》
はあった。
広大な敷地、整然と立ち並ぶ校舎、由緒ある騎士塔、魔導訓練場、図書の森。
この国の未来を担うすべての貴族の子息が集う場所。
僕は母に手を引かれながら、入学手続きをしつつ学園内を見学していた。
「ここがアルスのこれからの学び舎よ」
母の表情はどこか誇らしい。
それを見て少し安心した。
と同時に――僕の心には別の感情も生まれていた。
(僕は……“普通の子どもとして”学園生活を送れるのだろうか)
死霊王の言葉。
頭の中での対立する男女の声。
前世の罪。
どれも消えない恐怖だった。
◆ ◆ ◆
翌日。入学初日。
学園の礼拝堂で新入生の点呼が行われていた。
僕より年上が多いが、同い年もちらほらいる。
みんな緊張しているのか、静まり返っていた――その中で、
「ねぇキミ、隣いい?」
突然話しかけてきた少年がいた。
青銀の髪、鋭い目つきだが人懐っこさが滲む。
「う、うん」
「助かったー。一人だと変に目立つからさ。名前は?」
「アルス。アルス・アドマイヤ」
その瞬間、少年は目を見開き――次の瞬間、満面の笑顔になった。
「すっげー!やっぱり本物だ!アドマイヤ公爵家の子息だよね!噂は聞いてる!優秀で、将来の皇帝候補の一人なんだって!」
「え、いや、そんな大げさじゃ――」
「いいんだって!俺はそういうの気にしないタイプだからさ!俺はカイル・ファルステイン!よろしく!」
ファルステイン家――侯爵家だったはず。
貴族階級ではアドマイヤに次ぐ地位の家系だ。
「アルスって呼んでいい?」
「うん。カイルも、呼び捨てでいいよ」
「よっしゃ!友だち1号ゲットだ!」
友だち。
その言葉に胸の奥の何かがふっと軽くなった気がした。
◆ ◆ ◆
式典が終わり、校庭でクラス分けが発表された。
第1組――最高貴族および優秀者候補のクラス。
当然のように、僕の名前が呼ばれた。
「第1組、アルス・アドマイヤ!」
周囲からざわめきが上がる。
「アドマイヤ様だって!」
「本物を初めて見た……」
「しかもまだ五歳らしいぞ」
「すごい、成績で飛び級らしい」
視線が一斉に向く。
息苦しさが押し寄せた瞬間――
「アルス!!!! 同じクラスだぞ!!!!!」
カイルが叫びながら手を振っていた。
その明るさに周囲の空気が一気に変わった。
(本当に助けられてばかりだな……)
そう思いながら席へ向かう途中――誰かと肩がぶつかった。
「っ……ごめん――」
反射的に謝ろうとして顔を上げた瞬間。
そこに立っていた少女を見て、息を飲んだ。
透き通る銀髪。宝石の湖のような蒼い瞳。
細身で儚げな雰囲気をまといながら、背筋は真っ直ぐ。
まるで**“月”**を思わせる美しさだった。
少女はほんの一瞬僕を見つめ、静かに言った。
「……謝らなくていい。悪いのは私の方だから」
それだけ言うと席の方へ向かっていったが――
その背中から、妙な気配が漂っている。
冷たさと、優しさのどちらも混じる矛盾した空気。
(誰だ……この感じ……)
思考が固まっていると、カイルが肘で小突いてきた。
「今の見た?!“月影の公爵家”エルディアの令嬢、セレナだぞ!超天才、超絶美人、そして学園始まって以来の魔導適性の高さって噂の!!」
「セレナ……エルディア……?」
聞いた瞬間、頭に電撃のような痛みが走った。
(知っている……?
いや、会ったことがある……?
それとも――前世で……?)
視界が揺れる。
脳裏に、銀の光、血の涙、誰かの悲痛な叫びがよぎりそうになったその瞬間――
セレナが振り返った。
まるで僕の混乱を見透かしたように、まっすぐ。
そして、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「――あなたに会えてよかった」
胸が締め付けられた。
なぜ――そんな顔をするんだ。
寂しげで、震えるほどの喜びを含んだような――あの表情は。
初対面のはずなのに。
「アルス?どうした、急に顔赤くね?」
「な、なんでもないよ!」
慌てて視線をそらし席へ向かう。
その後ろで、セレナはほんの少し微笑んだ。
◆ ◆ ◆
授業は魔導学・騎士学・歴史学など多岐にわたった。
だが、僕はほとんど内容を覚えていない。
セレナの視線が、ずっと僕に向けられていたから。
話しかけられはしない。
干渉もしない。
ただ静かに、まるで“観察”するように見つめていた。
(やっぱり知っている……?)
カイルは全く気づかず、隣で陽気にささやき続けていた。
「アルス、放課後になったら一緒に騎士塔行こうぜ!訓練場見学!あと学園の食堂やばいくらい美味いらしい!」
明るい誘いに救われる。
「うん、行こう」
こうして、学園生活1日目は幕を開けた。
◆ ◆ ◆
放課後。
カイルと学園を回る予定だった――だが。
「アルス・アドマイヤ様。学長室まで同行願います」
護衛二名による呼び出しが突然かかった。
「は?入学初日で職員室行き?なにやらかしたんだよアルス」
「やらかしてないよ!」
「冗談だって!……でもちょっと心配だな。大丈夫か?」
不安はあった。だが、行くしかない。
学長室の前に到着し、扉が開くと――
中には学長、数名の教師、そしてもうひとり。
銀髪の少女――セレナが立っていた。
「アルス・アドマイヤ。セレナ・エルディア。君たち二人は――特別指導対象として、同じ班に編成する」
学長は静かに告げた。
「魔導・剣術・総合実力・潜在魔力量――すべての観点から見て、今年最も“異端”であり、実績を積めば将来の皇帝候補となり得るのはこの二名だ」
廊下のざわめきとは違う重みが部屋を満たす。
(異端……?皇帝候補……?)
学長は続けた。
「――そして、アルス」
僕にだけ向けられる視線。
「君の潜在魔力の奥に、“未知の領域”がある。だが正体は不明だ。
だからこそ保護と監視の両面が必要となる」
セレナは一歩前に出て、まっすぐに僕を見た。
「安心して。私はあなたの味方」
その言葉は誰にも聞こえないほど小さく、けれど僕にははっきり届いた。
そして同時に、ぞくっとする感覚が背筋を走った。
(味方――それは、本当に“味方”という意味なのか?)
混乱と期待と不安が胸の中で渦巻く。
学長の声が学長室に響き渡った。
「二人とも、ここから先は――国の未来を左右する役割を担ってもらう」
その瞬間、僕とセレナの視線が交錯した。
彼女の蒼い瞳は――
喜びと、決意と、そしてどこか悲しみを湛えていた。
運命は、再び回り始めた。




