第48話
夜が明けかけていた。
怪物の最後の核が砕け散り、黒い霧が消えていくにつれて、
空はゆっくりと青へ戻っていく。
それでも帝都は静まらない。
兵士たちは泣きながら互いを抱きしめ、
灰色フードと騎士団は傷を手当てし合いながら座り込み、
何度も互いの無事を確かめ合っていた。
その中心に、僕たちはいた。
セレナ、マリーヌ、エリシア、ルクレツィア――
四人は互いにもたれ合って座り、ひどく疲れているはずなのに笑っていた。
僕も、ただぼんやりと空を見上げていた。
戦いは終わった。
だけど、まだ終わっていない気がした。
「……アルス」
疲れ切った声だったけれど、その声だけで涙が出そうだった。
「生きて、帰ってきてくれて……ありがとう」
セレナが僕の手に触れる。
その後ろで、マリーヌが泣き笑いで胸に飛びつく。
「もう……絶対に離れません……!!」
エリシアは目元を拭いながら、かすかに笑う。
「死なせないって……言ったでしょう?」
ルクレツィアも声を震わせる。
「あなたの隣にいたいって……まだ言わせて」
僕は四人の頭へ手を置いた。
「ありがとう。
俺はもう絶対に――誰も失わない」
そう言った瞬間だった。
◆◆◆
遠く離れた瓦礫の上で、
カイが意識を失いながら横たわっている。
アッシュもそばに倒れていた。
死んではいない。
しかし2人の体からは、怪物の力の残滓が黒い煙のように漏れ続けていた。
魂の穴を使って“防壁”を受け止めた代償――
言葉の意味を、僕はようやく理解した。
アッシュの指がわずかに動いた。
「……アルス……」
僕は駆け寄り、その手を握った。
「聞こえるか? まだ生きてる。もう眠っていい」
アッシュは目を開けられないまま、弱く笑う。
「君は……君自身を選んだ。
それだけで……僕たちは救われた」
カイもかすかに声を漏らす。
「……勘違いするなよ。
別に……お前を助けたかったわけじゃ……」
その口調で――逆にすべてが伝わった。
僕は手を離さず、強く握り返す。
「必ず助ける。
目を覚まして、また文句言いに来い」
その言葉に、カイはかすかに笑った。
「……ああ……言ってやる……全部……な……」
アッシュも、ほんの少し微笑む。
「青年になった君に……また会いに行くよ……」
2人の意識がゆっくりと沈んでいった。
周囲に控えていた治癒師たちが駆け寄り、丁寧に担架へ乗せていく。
彼らを傷つけたのは怪物ではなく――
僕を守った代償。
背中が痛むような罪悪感と、
胸の奥から湧き上がる決意がぶつかり合う。
「必ず……返す。
――俺の未来で返す」
そう静かに呟いた時、
背後から声がした。
「アルス」
セレナが立っていた。
涙の跡が頬に残ったまま、まっすぐ見つめてくる。
「あなたの未来は、あなただけのもの。
でも……そこに私もいたい」
マリーヌも続く。
「私もです……!
隣で笑いたいです……!」
エリシアも小さく頷く。
「戦いたいんじゃないの。
一緒に“生きたい”」
ルクレツィアは胸に手を当てて、王女の顔ではなく、
ひとりの少女の顔で言った。
「あなたを好きでいる未来を、私は選びたい」
返事は――今ではない。
でも逃げない。
向き合うと決めている。
「みんなで生き残る。
それが叶ったら、ちゃんと答える」
四人は微笑み、泣きながら頷いた。
僕たちは、ようやく帝都の中心へ歩き出す。
夜明け前の風が吹いた。
戦いが終わり、
新しい未来が始まろうとしている。
だがその未来は――
ただの続きではなく、“選び取る未来”。
誰かが押しつける運命じゃなく、
力が決める正義でもなく、
僕自身の意思で描く人生。
帝都の空が、
ようやく朝の色に変わり始めていた。




