第47話
帝都全土が黒い闇に覆われたまま――
戦場の熱は冷めなかった。
怪物は退き、しかし消えていない。
あれほど巨大だった影は、霧のように広がり、
帝都の外側の空へ立ちのぼっている。
嵐の前の静けさ。
嵐そのものが息を潜めただけの――“一時停止”。
王家・灰色フード・騎士団・僕たち全員が
城壁付近で次の襲撃に備える。
空気は焦げ、地面は裂け、
死者の咆哮が残響のように風に混ざる。
それでも誰も座ろうとしない。
倒れてでも武器を握り続けている。
僕を囲むように仲間達が集まっていた。
セレナが杖をつきながら息を整え、無理やり笑う。
「ここまで来たら――もう逃げられないわね」
「逃げないよ。最初からそのつもりだ」
言い返すと、セレナは少し照れて目をそらした。
「……じゃあ、守らせて。
“あなたの隣で戦う”のは譲らない」
マリーヌはすぐ隣に座り込み、しがみつくように手を握る。
「もう落ちたりしません……!
アルス様から絶対に離れません……!」
握る手が温かかった。
強くて、確かな温度。
エリシアは魔導式の確認をしながら、ふと僕へ言う。
「まだ言ってないことがあるの。
“あなたの力を解析できない理由”がわかった」
僕は息を呑む。
「第三の力は魔法でも瘴気でもない。
“因果を書き換える力”
――世界に『そうなれ』と命令する力よ」
背筋が震えた。
ルクレツィアも言葉を重ねる。
「それを支えているのは、あなたの気持ち。
誰かを失いたくないという願いが、因果を動かす」
エリシアが続ける。
「でもその力は、使い方を間違えれば――
“守りたい誰か一人のために、世界を敵に回す”能力になる」
(……なるほど)
英雄でも、滅びでもなく。
第三の道。
「アルスが、アルスとして在るための力」
そう言って、エリシアは柔らかく微笑んだ。
全員の気持ちが重なった時――
背後から声がした。
「随分と愛されてるじゃないか」
カイだった。
怪我だらけなのに立っていて、
まだ戦う気を失っていない。
「お前の力が完成した理由は理解した。
だが――そいつを“振り切れるかどうか”はまだ別問題だ」
「振り切る……?」
「そうだ。
お前の力は、“誰かを守るためなら狂える力”だ」
誰かを守るためなら、
自分を壊してでも突き進む力。
カイは苦笑して続ける。
「それは強さでもある。
同時に、弱さでもある。
守りたい相手が傷つくほど、無茶に傾く」
確かに――僕の覚醒の瞬間は、
マリーヌの危機が引き金だった。
アッシュがその横に現れる。
「君は“守るために狂う力”を完成させた。
あとは――“壊れる前に戻れるかどうか”だ」
(戻れる……?)
アッシュは静かに僕を見た。
「君が“人としての在り方”を忘れたら、
その時の止め方を僕は知っている」
カイの表情が険しくなる。
「それを言うなって言っただろ」
「言わずにはいられない。
彼に必要な“未来”だから」
アッシュがもう一歩踏み込み、視線を重ねてくる。
「アルス。
君が――“誰のために狂うのか”。
そこだけは見失うな」
その時、空が震えた。
闇が凪ぎ、世界が吼える――。
怪物“本体”が、空から降ってくる。
まるで夜が落ちるみたいに。
「第二波、来るぞ!!! 全軍、備えろ!!!」
王家軍の号令、灰色フードの絶叫、
騎士団の咆哮が重なる。
王都の全てが、再び戦闘態勢に入っていく。
僕は大剣を構え、空の怪物を睨む。
セレナがすぐ隣に立つ。
「アルス。
あなたが誰を好きでもいい。
でも――私はあなたが好きよ。
“恋人になるつもりで戦ってる”ってことだけは言っておく」
マリーヌも手を握りながら言う。
「私もです!! 戦場で死ぬ覚悟じゃなく、
――“一緒に生きる覚悟”です!!」
エリシアは涙を滲ませて、静かに。
「私はあなたの未来を守りたいの。
恋でも、運命でも、理屈でもいい。
――あなたが生きていてほしい」
ルクレツィアは剣を胸に当てて、真っ直ぐ言う。
「私はあなたの隣にいたい。
王女じゃなく、女として。
その想いで戦う」
四人の想いが、剣を握る腕を熱くした。
カイが吠える。
「行けアルス!!
お前が“中心”だ!!」
アッシュも叫ぶ。
「第三の光――その名を刻め!!」
僕は大地を蹴り、空へ跳んだ。
怪物の巨大な影が迫る。
覚悟も、恐怖も、願いも混ざり合う。
でも――今は迷わない。
僕は叫ぶ。
「行くぞ!!! 帝都編――最終決戦だ!!!!!!」
夜の闇へ、光が切り込んだ。




