第45話
怪物を退けた直後――
城壁の上では歓声が爆発した。
だが、その熱狂は数十秒で終わる。
カイの低い声が、空気を凍らせた。
「……退いたのは一体だけだ。
まだ“本体”が来ていない」
その瞬間、全軍が再び武器を握りしめた。
希望の直後に訪れる、残酷な現実。
怪物は死んだわけじゃない。
ただ後退しただけ――“本気ではなかった”。
◆◆◆
大聖堂前からわずかに離れた広場。
王家軍・灰色フード・騎士団・僕たちが円を描くように集まっていた。
火と煙と悲鳴の中での“会議”。
誰も椅子に座らず、剣や杖を杖代わりに立っている。
将校が声を張り上げた。
「帝都全域の戦力を東側に再集結させれば、
第二波にも耐えられる可能性があります!!」
灰色フード側の指揮官が即座に否定する。
「南門と北門が空く! 市街地の攻防が崩壊する!!」
口論が始まり、怒号が飛び交う。
そんな中、ルクレツィアが前に出た。
「私が全権を持つ!!
王家の名の下に宣言する――
『今この瞬間だけ、王家・灰色フード・公爵家・騎士団は同盟』!!
異議のある者は前に出ろ!!」
沈黙。
次々と武器が下げられ、敬礼が起こる。
ここでようやく――
帝国全軍が“ひとつ”になった。
だが、ルクレツィアはそこから一歩も譲らなかった。
「ただし――
同盟の中心は“王家”ではない」
全員が息を飲む。
「中心は――アルス・アドマイヤ」
その瞬間、空気が変わった。
王家軍はざわめき、
灰色フードは驚愕し、
仲間たちは誇らしさと恐怖の中で息を呑む。
カイだけが小さく笑った。
(……責任という檻をくぐらせて、自由を渡すつもりか)
ルクレツィアの視線は真っ直ぐだった。
「この帝都を救ったのは“力”じゃない。
“覚悟”と“心”だ。
その中心は、アルス。
彼が“選んだ未来”に、私たちの剣を預ける」
その宣言は、誰より王女自身を賭けた言葉。
僕はゆっくりと前へ出る。
戦場が、静まり返った。
「指揮を取るとは言った。
でも――“帝国の運命”を背負うつもりはない」
全軍がざわめく。
だけど僕は続けた。
「救うのは“帝国”じゃない。
守るのは“ここで泣いてる人たち”だ。
そのために戦いたい。
俺の理由は、それだけだ」
それは英雄でも滅びでもない。
ただ1人の少年の意志。
次の瞬間――
歓声でも咆哮でもなく、
各勢力の兵士たちが一斉に剣を掲げた。
「「「了解!!!!」」」
誰も反論しなかった。
その意志に、誰も勝てなかった。
◆◆◆
作戦会議が終わった後。
ほんの短い休息。
息を整えるための数分。
そこで、全ての“感情”が爆発した。
最初に僕へ駆け寄ったのはセレナ。
「アルス!!!」
抱きしめられる。
震えていた。
「死ぬかと思ったのよ……ッ
あなたが消える未来を……頭から追い出せなかった……ッ」
僕はそっと背中に手を回す。
「大丈夫。俺はここにいる」
「知ってる。でも怖かったのよ……!!!
私はあなたが好き。だから戦えるの!!!
でも、好きだから怖いの!!!
いなくならないで……お願い……!!」
涙越しの告白。
返事をする前に、マリーヌが割って入る。
「私もです!!
アルス様が守ってくれる人じゃなくて――
“私が守りたい人”なんです!!!!
だから隣にいたい!!」
涙と怒りが混ざった顔。
強い、必死な愛。
続けてエリシアが前に立つ。
「私の感情は……多分、一番わかりづらいと思う。
でもはっきり言うわ。
私はあなたを失いたくない。
死ぬより嫌。
だから私は戦う。あなたと“生きたい”から」
静かな声。
だけど一番重い。
ルクレツィアは、涙を拭きもせず言った。
「王女とか関係ない……
私は、あなたの人生にいたい。
婚約でも義務でもなく――
“恋”として隣にいたいの……!!」
四人の視線が交差し、
言葉にしない火花が散った。
恋が戦場になる瞬間。
でも――誰も引き下がらなかった。
誰も諦めようとしなかった。
僕はただそれを受け止め、言った。
「誰も失いたくない。
全員で生きて帰る。
だから今は――戦いに集中させてくれ」
四人は涙を拭き、頷いた。
「うん……!!」
「はい……!!」
「任せて……!!」
「あなたの背中、預けて」
恋はまだ答えを求めてこない。
でも必ず“青年期編”まで連れていく。
◆◆◆
その時――背後から声がした。
「それでいい。
それが君の“第三の光”の源だ」
振り返ると、白フード。
また静かに現れた。
だが今回は、前より“近く”に立っている。
「怪物はもうすぐ“本体”を寄越す。
帝都は一度“夜”に飲まれるだろう」
(夜……?)
白フードは続けた。
「この戦いは勝てない。
だが“生き延びる道”はある」
「教えてくれるのか?」
「違う。
――“思い出すんだ”。
君は一度、それを選んだ」
記憶の奥で何かが揺れた。
白フードは距離を詰め、僕の耳元で囁いた。
「君の名前は本当は――」
その瞬間、カイが横から白フードの首元を掴んだ。
「喋るな」
二人の間に殺意が走る。
「まだ言う気か、アッシュ」
(アッシュ……?)
白フード――アッシュはカイの手を振り解いた。
「いずれ、彼自身が辿り着く。
なら今言っても構わない」
「今はダメだ。
“その名”は、まだアルスを壊す」
白フード(アッシュ)は溜息をつき、わずかに下がった。
「まあいい。
どうせ――近いうちに思い出す」
アッシュは再び闇の中へ下がるように言った。
「第二波が来る。
――“本体”は十倍、いや百倍強い」
そして僕を真っ直ぐ見て、
「青年期で会おう。
そこで、全てを思い出してもらう」
そう言って消えた。
◆◆◆
空が暗くなった。
太陽は沈んでいないのに、夜が落ちた。
瘴気。
影。
恐怖。
歪み。
帝都全体が――【外側の世界】に触れた。
鐘が鳴り響く。
兵士たちが悲鳴を上げながら走り回る。
その中心で僕だけが、怪物の影を睨む。
(逃げない)
逃げる理由がない。
守りたい人がいるから。
守りたい未来があるから。
滅びでも救世でもなく――
僕の人生を生きるために。
剣を構え、叫ぶ。
「第二波!!!
俺たちが迎え撃つ!!!!!!!」




