第40話
一瞬だけ、世界が静かになった。
大聖堂前の広場。
崩れかけた石畳の上に、風が砂煙を巻き上げる。
遠くではまだ爆発音が響き、悲鳴もこだましているはずなのに――
ここだけ時間が切り取られたみたいだった。
正面に立つ“白いフード”の人物が、僅かに首を傾げる。
「……こうして真正面で対峙するのは、初めてだね、アルス・アドマイヤ」
フードの奥の瞳は、冷たいというより淡々としていた。
敵を見る目ではない。“検査対象”を見る目だ。
僕は剣を構えたまま問い返す。
「君は誰だ。灰色とも黒とも違う……何者なんだ?」
白フードは肩をすくめる。
「今は答えない。それは“青年になった君”にこそ必要な情報だ」
(青年……? 未来の俺に話しかける前提なのか?)
理解が追いつかない。
けれど、その隙を切り裂くように、
背後からセレナの声が飛ぶ。
「アルス、構えて! 来るわ!!」
◆◆◆ 白フード視点 ◆◆◆
(……綺麗だ)
白フードはほんの一瞬、素直な感情を覚えた。
大聖堂前。血と炎と瓦礫にまみれた戦場で、
少年は“まだ人を信じて剣を握っている”。
滅びでもなく、救世でもなく。
ただ――守りたい、という表情で。
(本当に、“第三の力”が生まれつつある)
だから、試す。
「始めようか」
白フードは静かに手を掲げた。
大聖堂のステンドグラスが砕け、
光の欠片が矢のように降り注ぐ。
そのすべてが、殺傷力を持った魔弾に変わる。
◆◆◆ セレナ視点 ◆◆◆
「《フレア・ウォール》!」
セレナは即座に詠唱を完了させ、炎の壁を展開する。
光の矢が炎に弾かれ、周囲で爆ぜた。
熱と光と衝撃が肌を刺す。
(速い……詠唱も、術式の切り替えも。あの白フード、ただの魔導師じゃない)
アルスが狙われているのはわかっている。
王家も灰色フードも、この白フードも――皆、アルスを“中心”に世界を回そうとしている。
胸が焼けるように痛んだ。
(英雄とか滅びとかどうでもいい。
私はただ――アルスが笑って生きていければいいのに)
「セレナ!!」
アルスの声が飛ぶ。
視線を向けると、彼はいつものように迷いなく前を見ていた。
(……そうだ。支えるって決めたんだ)
炎の壁をさらに厚くしつつ、セレナは彼の背中に向かって微笑んだ。
「行って。前は任せる!」
◆◆◆ 本線 ◆◆◆
僕はセレナの炎の隙間から前へ飛び出す。
白フードが手を振る――
風もないのに、見えない刃が多数飛んできた。
「アルス様!!右から二本、下から一本です!!」
屋根の上を走っていたマリーヌが、匂いと風圧だけで軌道を読み、叫ぶ。
(見えないのに……わかるのか)
その声に従ってステップを踏むと、
ぎりぎりで斬撃を避けることができた。
「助かった!!」
「当然です!! 私はアルス様のメイドですから!!」
誇らしげな声が少しだけ震えている。
怖くて、でも退かない震えだ。
白フードは感心したように首を傾げた。
「理解力と反応速度は、千年前の“ノア”より上。
……さすが“愛された方の魂”だ」
「ノア、ね……僕の前世の名、か」
「そう。滅びの器」
白フードの手がぐっと握られる。
「君がまた世界の中心に立つ前に――
“第三の選択肢”を選べるかどうか、見せてほしい」
一瞬にして間合いが詰まる。
白フードの足が地面を踏んだ瞬間、魔法陣が幾重にも重なった。
エリシアの分析が飛ぶ。
「多重詠唱・同時起動!! 風・雷・光・空間……四系統同時!?」
「嘘でしょ……!? 人間が扱える領域じゃないわ……!」
セレナが驚愕する。
(こいつ、本当に何者なんだ)
白フードが呟く。
「――《クロス・コンダクション》」
風が矢になり、雷が鎖になり、光が斬撃になり、空間が歪んで罠になる。
四つの属性が“同時に、矛盾なく”襲いかかってきた。
ザンが前に出る。
「お前の多重攻撃だかなんだか知らねぇが――
拳一個でぶっ壊す!!」
土属性強化の拳が地面に叩きつけられ、
風矢と空間の罠をまとめて破壊する。
ティノがその隙を利用して突っ込む。
「風の道は俺のもの!! 《ハイスラッシュ》!!」
風の刃が雷の鎖を断ち切り、
雷は地面に流され、セレナとエリシアの頭上を逸れていく。
ヴァイスは即座に防御陣を張る。
「《アクア・ドーム》!」
光の斬撃が水の障壁に当たり、拡散した。
白フードが驚いたように目を細める。
「……完璧な連携。こんなに早くここまで育つとは」
僕は歯を食いしばる。
「みんなのおかげだ。僕一人なら、もう死んでる」
白フードは僅かに微笑んだ気がした。
「だから、試すのに値する」
◆◆◆ ルクレツィア&カレン ◆◆◆
少し離れた位置。
王家の近衛と灰色フードの残党がぶつかる中、
ルクレツィアと騎士団長カレンも戦っていた。
ルクレツィアは剣で敵の腹を斬り裂きながら、
視線だけでアルスの背中を追う。
(……やっぱり、笑ってる)
命懸けの戦場で、彼はまだ笑っている。
怖くて苦しくて、でもそれ以上に“誰かを守る”と決めている笑顔。
(そんな人を――道具扱いしてきたのね、私も)
カレンが灰色フードを盾ごと吹き飛ばし、短く言う。
「王女殿下。あの少年を“駒”として見るのは、もうやめたほうがいい」
「……わかっているわ」
ルクレツィアは唇を噛みしめる。
「私が望んだのは“国を守るための婚約”だった。
でも今は違う。
――“彼の未来を、彼自身のものとして残したい”と思っている」
カレンは僅かに笑った。
「なら、あとはやることは一つです。
“王女として”ではなく――“一人の女”として戦いなさい」
ルクレツィアは頷き、剣先を白フードの方角へ向けた。
「……アルス。あなたの隣に立つ資格が、私にあるのか――
この戦いで証明してみせる」
◆◆◆ 本線 ◆◆◆
戦いは徐々に、
僕と白フードの“一騎打ち”の形になりつつあった。
仲間たちは周囲の敵の足止めと、
大聖堂の召喚陣の破壊に回っている。
白フードがゆっくりと剣を抜いた。
白銀の刃。
一切の装飾がない、ただ“切るためだけの”剣。
「君にとって、これはまだ早いかもしれない。
だが――見せておこう」
姿が消える。
いや、正確には“視界から消える速度”。
反射的に剣を合わせた瞬間、
金属音とともに腕が痺れた。
「――っ!」
白フードが低く呟く。
「悪くない。
“人の限界”を越える入口に立っている」
(くそ……今のを防ぐだけで精一杯か)
三合、四合、五合。
剣戟が火花を散らし続ける。
白フードの動きは無駄がなく、
こちらの癖を瞬時に見抜いてくる。
一度、肩を浅く切られた。
「アルス!!」
セレナの悲鳴。
血が飛ぶ。
マリーヌの匂いが一瞬で変わる。
恐怖ではなく、“怒り”へ。
「傷つけたら……許さない……!!」
風を切る音と共に、
彼女が投げた短剣が白フードのフードをかすめた。
布が裂け、顎から口元だけが見えた。
その口元は――微かに笑っていた。
「……これだ。
君が“愛されている証拠”。
――この環境で育ったアルスが、どこまで行けるのか」
白フードは一歩、下がった。
エリシアがその隙を逃さず叫ぶ。
「今!! アルス、魔力を解放して!!
暴走ギリギリまで!!」
(ギリギリ……!)
前世の力――ノアとしての“滅びの炎”が、胸の奥から沸き起こる。
同時に、今この世界で得た温かさ――アルスとしての魔力がそれを包み込む。
二つが混ざり始めた瞬間、
全身が裂けるような痛みが走った。
「ァァ……ッ!」
膝をつきそうになる。
セレナが駆け寄ろうとするが、エリシアが止めた。
「近づいちゃダメ!! 今、干渉したら――
アルスの魔力制御が崩れる!!」
マリーヌは祈るように手を握りしめる。
「大丈夫……アルス様なら、絶対に戻ってきます……!」
(みんな……)
視界の端に、全員の顔が浮かぶ。
セレナ。
マリーヌ。
エリシア。
ルクレツィア。
ザン。ヴァイス。ティノ。カイル。
そして――
結晶の中で眠る、金髪のヴァルキリー・リュミナ。
『あなたには愛を知ってほしかった』
(今なら、少しはわかる気がするよ)
誰かのために力を使うこと。
誰かを守るために剣を振るうこと。
誰かの涙を拭うために立ち上がること。
それを“愛”と呼ぶなら――
僕は、もうそれを知っている。
だから――
滅びのためにこの力を使わない。
「――僕は、“アルス”として生きる!!!」
叫びとともに、
滅びの炎と温かな光が、ひとつの流れになった。
白フードが息を呑む。
「……これが、“第三の力”」
剣に纏った光が、形を変える。
炎でも雷でもない。
ただそこにある“強い意志”そのものの輝き。
僕は踏み込んだ。
白フードも剣を構え直す。
「受けてみよう。
“世界がまだ知らない力”を」
刃と刃が交差した瞬間――
帝都の空が、ほんの一瞬だけ静かになった。
その衝撃波が、大聖堂前のすべての戦闘を止める。
灰色フードも、王家の兵士も、騎士団も、
誰もがその一撃を見上げた。




