第37話
帝都――ヴァレリア。
この国の心臓。
巨大な城壁、整備された石畳、
大聖堂と王城と魔導学院がそびえ立つ街並み。
景色は壮麗で、息を呑むほど美しい。
けれど――。
街を埋め尽くす人々の視線は、暖かくなかった。
「見ろ、公爵家の息子だ」
「才覚と血筋の塊だとさ」
「夜会の目玉だろう?誰が囲う?」
歓迎ではない。
獲物を見る目だ。
セレナは小声で囁いた。
「ここでは“強さ”は好意ではなく利権になるのね」
マリーヌは僕の袖をぎゅっと掴む。
「ここ……怖いです。匂いに獣の敵意が混ざりすぎてます……」
エリシアは目を細めた。
「この街全体が“戦場”みたいね。
でも――負ける気はしない。あなたがいるから」
胸が熱くなる。
だがその瞬間、城門前で声が響いた。
「そこの馬車、停止!」
騎士団が道を封鎖し、馬車の扉が開かされる。
現れたのは――
王城直属の近衛騎士隊。
銀と蒼の装飾が施された甲冑が眩しい。
隊長格の青年が一礼する。
「アルス・アドマイヤ殿。
皇帝陛下より“直ちに王城へ”とのご命令です」
父が驚いたように眉を上げる。
「初謁見は夜会の場だと聞いていたが?」
隊長は淡々と告げる。
「予定が変更されました。
“至急、面会すべき理由ができた”――と」
嫌な予感が走る。
セレナ、マリーヌ、エリシアの表情も強張った。
(黒フード……じゃないな。魔力の気配が違う。
だけど確実に“敵”の匂いがする)
僕は頷き、馬車から降りた。
◆◆◆ 王城
広大な謁見の間に通された瞬間――
空気が刺すように冷たかった。
玉座に座る皇帝、
その両脇に並ぶ三家の公爵当主、
そして貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。
皇帝は柔らかな微笑みを浮かべたが、
その瞳の奥には影が潜んでいた。
「よく来た、アルス・アドマイヤ。
これより貴殿に――皇国の未来を担う役目を与える」
父が息を呑む。
母は唇を噛みしめ、沈黙した。
皇帝は続ける。
「婚約だ。
“帝国第二王女――ルクレツィア・ヴァレリア”との」
王族の婚約。
謁見の間にざわめきが走る。
セレナ・マリーヌ・エリシアの体が同時に硬直したのがわかった。
(予想はしていた。……でも早すぎる)
皇帝は玉座から立ち上がり、
僕の目の前に立った。
「これは政治ではない。
黒の災厄が再び現れた以上、
世界は新たな英雄を望んでいる。
そして英雄には、“王家の血統と責任”が必要だ」
(何を言っている……?)
心臓が凍る。
“黒の災厄”――黒フードの存在が
完全に情報共有されている。
そして皇帝は言った。
「アルス。貴殿は――“選ばれた子”だ。
世界を救うための存在だ」
カイと同じことを言っている。
僕の中の何かが冷たくなった。
父が拳を握りしめ、叫ぶ。
「陛下!アルスはまだ幼い!政治の道具では――!」
「黙れ、婿殿。公爵家など“器”にすぎん」
低く鋭い声で遮ったのは――
皇帝の右隣に立つ人物。
長い金色の髪に高貴な装い。
冷徹で、氷のような気配。
「その子は公爵家ではなく“王家のもの”だ」
名前を告げられるまでもない。
帝国第二王女――ルクレツィア。
冷たい瞳が僕を見た。
しかしその瞳の奥に、
奇妙な感情がちらついているのを僕は見逃さなかった。
(……この人、嘘をついている)
冷徹を演じている。
鋼鉄の仮面の奥に、何か別の感情がある。
その時――
謁見の間の天井が揺れた。
轟音。
魔力の衝撃。
衛兵たちが悲鳴を上げる。
ザンが叫ぶ。
「来るぞ!!」
天井のステンドグラスを突き破って、
影が落ちた。
黒ではない。
灰色のフードの一団。
黒フードとは違う――
しかし同質の魔力。
(新しい敵だ……!)
灰色のフードは一斉に武器を構え、叫ぶ。
「滅びの子を確保せよ!!!」
皇帝側も灰色フードに動揺。
玉座の間が一気に戦場になる。
セレナが僕の前に立ち杖を構える。
「渡さない!!絶対に!!」
マリーヌが僕の腕を掴み、涙目で叫ぶ。
「アルス様は……私たちが守ります!!」
エリシアが低く囁く。
「……これは偶然じゃない。
誰かが“衝突”を仕組んだ。
それも――王城内部の誰か」
ザン、ヴァイス、ティノ、カイルも武器を構える。
対して、灰色フードの指揮官が叫ぶ。
「世界を救うのは王家ではない!
救世の魂は我々が保護する!!」
王家の護衛騎士たちも叫ぶ。
「滅びの子を奪わせるな!
彼は王家が守る!!」
(どっちも……僕を道具として扱ってる!!)
怒りが走る。
皇女ルクレツィアが僕の手を掴んだ。
「来い!ここはもう戦場よ、死にたいの!?」
引かれるその腕に、必死の震えがあった。
(……この人、“冷たいふり”が下手だ)
皇帝は叫んだ。
「ルクレツィア!その子は絶対に離すな!!」
灰色フード側の指揮官も叫んだ。
「アルスを最優先で確保しろ!!」
そしてセレナが、涙が滲んだ声で叫んだ。
「アルスは――“誰のものでもない”!!!」
広い玉座の間、全員が動き出す。
世界が僕を取り合うように。
政治も、運命も、敵も、恋も全部がぶつかる。
逃げ場はない。
でも――逃げるつもりもない。
剣を構え、声を放つ。
「来い!!!!
誰が敵でも、僕は“選ばされた道”じゃなく
“僕が選んだ道”で戦う!!!!」
次の瞬間――
帝都の戦争が始まった。




