第36話
黒フードとの死闘から数日が経った。
傷は癒えたはずなのに、胸の奥の熱はまだ消えない。
セレナもマリーヌもエリシアも、いつも通り接してくれるけれど、
どこかで「これから何かが変わる」という空気を、みんな感じ取っていた。
そんな朝――。
食堂の扉を開けると、父と母が並んで座っていた。
ヴィリアンスとシェイル。
普段は柔らかい笑顔の二人が、今日は表情を引き締めている。
父が立ち上がる。
「アルス。……帝都から召集が来た」
瞬間、空気が凍りついた。
セレナが息を呑む。
エリシアは目を細め、マリーヌは不安そうに僕の袖を握る。
母が紙を差し出した。
「皇帝陛下からの“指名招集”よ。
アルスを帝都へ“正式に招く”という文言がある」
父は続けた。
「黒フードの件が完全に伏せられている今、
表向きは“公爵家嫡男としての初謁見”という形だろう」
(つまり――政治の場に引っ張り出される)
エリシアが低く呟く。
「帝都に呼ぶ理由、ひとつじゃないはず。
おそらく――婚約、跡継ぎ、派閥争い。全てが絡む」
セレナが表情を曇らせる。
「だとしたら……アルスを巡って競争が起きる」
マリーヌは声を震わせる。
「アルス様が……誰かに取られてしまうかもしれない……」
僕は言葉が見つからなかった。
父は重い声で付け加える。
「帝都は甘くない。
お前は実力も血筋も優秀すぎる。
狙われるぞ。政治的にも、恋愛的にも、利用としても」
母は優しく微笑む。
「でも、アルスなら乗り越えられる。
それに――いつでも帰ってきていいのよ。
家の名よりも、あなたの心を優先して」
胸が締め付けられた。
守りたい人が増えた今、
失う恐怖も同じだけ増えている。
だけど――逃げられない。
「行くよ。帝都へ」
言った瞬間、セレナ・マリーヌ・エリシアの表情が同時に動いた。
セレナは――誇らしげに微笑んだ。
マリーヌは――泣きそうになりながら頷いた。
エリシアは――静かに息を吸い、覚悟を決めた瞳をした。
◆◆◆ 出発の準備 ◆◆◆
荷造りが始まり、屋敷は慌ただしくなる。
ザンとヴァイスとティノ、そしてカイルも同行することが決まった。
「当然一緒に行くぞ!」
「危険を承知で行くに決まってるだろ!」
「帝都グルメ!!!」
「お前らテンションの方向が違う!!」
そんな賑やかさが、少しだけ怖さを和らげてくれる。
その裏で――。
セレナは、旅装のマントを羽織りながら言った。
「帝都には強い魔導師がたくさんいる。
でも、私は絶対に負けない。……あなたの隣は譲らない」
マリーヌは、剣帯を整えながら言った。
「身分が下でも戦います。
“公爵家だから”じゃなくて、アルス様だから側にいたい」
エリシアは書庫にこもり魔術書を読みながら言った。
「帝都は知性の戦場でもある。
……あなたを奪われたくないから、どんな相手でも倒すつもり」
言葉には出さないけれど――
どの想いも、熱くて重い。
◆◆◆ 出発の日 ◆◆◆
朝。
巨大な馬車と騎士団の護衛隊が屋敷の前に並ぶ。
父と母が見送りに立ち、僕たちは馬車に乗り込む。
そこで――セレナ、マリーヌ、エリシアが同時に言った。
「帝都がどんな場所でも、“一番好きなのは私”って思わせてみせる」
「……だ、誰にも負けたくない……負けません……!」
「競争になるのは嫌。でも、退くつもりはない」
三者三様の宣言に、胸が熱くなる。
ザンが肩を叩いた。
「すげぇなアルス。……リアル戦争よりこっちのが怖くね?」
ヴァイスは笑って言った。
「大切にしないと噛み殺されるよ?」
ティノは小声で。
「……うらやましい」
カイルは真顔で叫んだ。
「アルス、俺と結婚してくれ――痛い痛い殴るな!!」
笑い声と怒号が飛び交う中、馬車がゆっくりと動き出す。
帝都――
この国の力、欲望、野心、そして運命のすべてが交差する場所。
窓から流れる景色を見ながら、胸の中で呟いた。
(守りたい。みんなを。自分自身も)
黒フード――カイは生きている。
世界の外側に“真の敵”がいる。
そして帝都では、僕を巡る争いが始まる。
だけど逃げない。
アルスとして生きる道を選んだのだから。
こうして――
新たな戦場へ、僕たちは踏み出した。




