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愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に〜  作者: 暁 龍弥
少年編

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第35話

最深部へ続く階段は、やけに静かだった。


足音だけが石壁に反響する。

誰も喋らない。喋れば、戻れなくなる気がした。


どれくらい降りただろうか。

やがて階段が途切れ、開けた空間に出た。


そこは巨大な円形の祭壇だった。


床一面に刻まれた魔法陣。

中央には、ガラスの棺のような透明な結晶が浮かび、

その中で、金色の髪の女性が眠っている。


(……知ってる)


胸が痛む。

初めて見るはずなのに、何度も見た光景だと感じる。


「大いなる災を払いし、金髪のヴァルキリー――」


セレナが震える声で呟いた。


「歴史書に載っている、世界を救った英雄……

 その“本体”?」


黒い霧が、結晶の前で渦を巻いた。


霧が人の形を取り、黒フードがそこに立つ。


「ようこそ、最深部へ。

 アルス……そして、その“仲間たち”」


ザンが一歩前に出る。


「質問は山ほどある。だがまず一つだけだ。

 “兄弟”って呼んだ理由を説明しろ」


黒フードはゆっくりとフードを外した。


現れた顔は――まだ若い青年だった。


白に近い銀髪。

血の気の薄い肌。

そして、その瞳は――


真っ赤なのに、泣きそうなほど優しかった。


「…………っ」


喉が勝手に震えた。


知らないはずなのに。

ずっと探していた気がした。


「前世のお前の名は、《アルス》ではない」


青年は静かに言う。


「“滅びの器”としての名は――《ノア》。

 俺の名は、《カイ》。

 千年前、お前と並んでヴァルキリー《リュミナ》に仕えた、“もう一人の滅びの子”だ」


世界がひっくり返った気がした。


ノア。

リュミナ。

カイ。


眠っていた音が、一気に胸の奥で鳴り始める。


──血の匂い。

──燃える大地。

──泣き笑いする金髪の女神。


『ノア、カイ。あなたたちに、世界の全部を背負わせてしまってごめんなさい』


『私が願うのはただひとつ。あなたには――愛を知ってほしかった』


(……リュミナ)


名前を思い出した瞬間、視界が滲んだ。


セレナが息を呑む。


「じゃあ……アルスは――」


「前世で世界を救うために“滅び役”を押し付けられ、

 最後に全部を背負って死んだ。

 俺と同じ、《道具》としてな」


カイの声には、怒りよりも哀しみがあった。


エリシアが低く問う。


「あなたは死を拒んだ。

 魂をこの世界に縫いとめて、禁忌の死霊術に堕ちた」


「そうだ。あの女神――リュミナは、

 俺たちを武器として使い、

 世界を救ったあと、“用済み”とした」


そう言ってカイは結晶を指さす。


「こいつは英雄なんかじゃない。

 “世界を救うために他人を犠牲にした、ただの臆病者”だ」


胸が痛む。


でも――違う、とどこかで思う自分もいた。


リュミナは、確かに泣いていた。

僕らを見送りながら、誰よりも苦しそうに。


「……全部を知っているわけじゃないだろう」


思わず口が動いていた。


「リュミナは、僕たちを……」


『あなたには愛を知ってほしかった』


あの言葉が嘘だったとは、どうしても思えなかった。


カイの瞳がわずかに揺れる。


「……なら、聞かせてみろよ」

彼は手を伸ばし、祭壇の魔法陣に魔力を流し込んだ。


足元から光が溢れ、最深部の空間が歪む。


「滅びの記憶を――全部、思い出せ!」


◆◆◆


一瞬で、世界が色を変えた。


気づけば僕は、黒い空の下に立っていた。


燃える大地。

崩れ落ちる城壁。

血に染まる雲。


叫び声。泣き声。祈り。


その全ての中で――

二人の少年と、一人の女性が立っていた。


漆黒の剣を持つ僕――ノア。

白い槍を持つカイ。

そして、光の翼を持つリュミナ。


『ごめんね……ごめんね……』


リュミナは泣きながら、僕らの手を握っていた。


『この世界は、あなたたちを犠牲にしないと救えない。

 そんな仕組みを作ってしまったのは――神様だから』


『私が壊す。何度でも壊す。

 だけど、その時間を稼ぐために――力を貸して』


ノアは笑っていた。

ひどい顔で、それでも。


『しょうがねぇな。どうせ俺たち、選ばれる前から“死ぬ運命”だったんだろ?』


カイも笑っていた。

沈んだ目で、それでも。


『だったら――最後ぐらい、かっこつけさせろよ』


リュミナは泣きながら頷いた。


『ありがとう……

 あなたたちに、いつか――ほんとうの“生きている時間”をあげたかった』


世界が白く染まり、すべてが終わった。


◆◆◆


気づけば、最深部の祭壇に戻っていた。


膝が崩れ落ちそうになる。


「……そうか。俺たちは、最初から理不尽な役を押し付けられて……

 それでも笑って、死んだのか」


カイが笑った。


それは、自嘲と怒りの混ざった笑み。


「そうだよ。

 だから俺は、二度と同じことを繰り返させないためにここまで来た。

 “世界”がまたお前を滅びに使おうとするなら――

 先に壊してしまえばいい」


エリシアが震える声で言う。


「あなたの目的は、“世界の救済”じゃない。

 “仕組みそのものの破壊”……?」


「そうだ。

 世界を守るためなら、神も、人も、英雄も殺す」


カイの赤い瞳が、僕を貫いた。


「だから、ノア。アルス。

 俺と一緒に来い。

 リュミナに騙され、世界に殺された俺たちで――

 今度は世界を殺そう」


セレナが即座に叫んだ。


「ふざけないで!!」


杖を握る手が震えている。


「アルスは、世界を壊すためじゃなくて――

 “今ここにいる人たちを守るために”戦ってるの!!」


マリーヌも涙目で叫ぶ。


「世界とか運命とか、私にはわかりません!

 でも、アルス様が笑って生きられる場所を壊すなんて、絶対に嫌です!」


エリシアは、真っ直ぐにカイを睨む。


「……あなたの孤独は理解できる。

 でも、それにアルスを巻き込むなら、私はあなたの敵になる」


ザンが拳を鳴らす。


「俺たちの“今”を踏みにじるってんなら、ぶっ飛ばすだけだ」


ヴァイスが静かに笑う。


「世界が敵なら、世界の端っこぐらいは僕たちで守ろう。

 その中に、アルスがいればそれでいい」


ティノも震えながら拳を握る。


「アルスがいなくなる未来なんて、願い下げだ!」


カイは、ほんの一瞬だけ寂しそうな目をした。


そして――杖を振り上げた。


「なら、証明してみろ!!

 “愛されたアルス”が、“孤独なノア”を超えられるか!!」


祭壇の魔法陣が一気に輝き、

空間から複数の影が生まれた。


騎士、魔導師、竜、獣。

かつてこの世界を守るために死んだ英雄たちの“残滓”。


「魂の兵器……!」


セレナが悲鳴に似た声を上げる。


「こいつらは皆、“世界のために死んだ英雄”たちだ。

 お前はその末席だ、ノア。

 違いを見せてみろよ!!」


戦いが始まった。


◆◆◆


英雄たちの影は、どれも恐ろしく強かった。


ザンとティノが前衛を支え、

ヴァイスが防御を張り、

セレナとエリシアが攻撃と解析を続ける。


マリーヌは匂いと気配で、

背後からの奇襲をいち早く察知する。


「右から来ます!!」


「助かる!」


カイルは……ひたすら叫びながら援護魔法を撃っていた。


「うおおおお!今の俺、モブじゃなくてガチ戦力!!」


(カイル……うるさいけど本当に助かってる!)


だが、押し切れない。


英雄たちの影は次々と再生し、

倒しても倒しても数が減らない。


カイは高みからそれを見下ろしている。


「どうした、アルス。

 お前が本気になれば、この程度――一瞬で消せるだろう?」


胸の奥で、何かが蠢いた。


滅びの力。

世界を丸ごと焼き尽くせるほどの、冷たい炎。


(使えば勝てる。全部、終わらせられる)


それは甘い誘惑だった。


でも――

隣で戦う仲間たちの姿が目に入る。


汗を拭うセレナ。

傷だらけでも前に出続けるザン。

震えながらも退かないマリーヌ。

必死に計算を続けるエリシア。


この力で、彼らまで焼き尽くしてしまう未来が、

簡単に想像できてしまった。


(そんな勝ち方、いらない)


僕は剣を握り直す。


「……僕は、ノアかもしれない。

 滅びの器だったかもしれない。

 でも今は――アルスなんだ!」


全身から光が溢れた。


今度の光は、冷たくない。

滅びの炎と、今得た温かさが、

ぎりぎりのところで均衡を保つ。


セレナが目を見開く。


「これは……!」


エリシアが息を呑む。


「滅びの魔力と、“今の自分”の魔力を……共存させてる?」


僕は叫んだ。


「僕は滅びなんかじゃない!

 僕は――みんなと一緒に生きたいだけだ!!」


光が英雄たちの影を貫いた。


彼らの眼差しが、一瞬だけ穏やかになる。


《……任せたぞ》《今度こそ、幸せになれ》


声が、確かに聞こえた。


影たちは、戦いの中でようやく解放されるように消えていった。


◆◆◆


広間に残ったのは、僕たちとカイだけ。


カイは静かに拍手をした。


「……やるじゃないか。

 “愛されたアルス”は、確かにノアを超えた」


その顔は、悔しさと、

ほんの少しの嬉しさで歪んでいた。


「だったら――これは俺の負けだ。

 ※今はな」


エリシアが杖を構える。


「投降して。全部、話してもらう」


カイは首を振った。


「悪いが、それはできない。

 この世界の“外側”にいる本当の敵を、

 まだお前たちに見せるわけにはいかない」


セレナが叫ぶ。


「逃げる気!? ここまでやっておいて!」


「逃げるさ。

 俺には俺の戦い方がある。

 それに――」


カイは僕を見た。


「お前がまだ、“この世界を信じていたい顔”をしているからな」


一瞬だけ、その瞳が兄のように優しくなった。


「アルス。

 お前がそれを守りたいというなら――

 せいぜい足掻け。

 世界がまた、お前を滅び役に選ぶその日まで」


「そんな日、来させない!」


僕が叫ぶと、カイは笑った。


「なら、楽しみにしてる。次に会う時を」


黒い霧が彼の体を包み込む。


エリシアの封印魔法が飛ぶ。

セレナの炎が追う。

僕も手を伸ばした。


届かない。


闇は音もなく消えた。


黒フード――カイは、生きて去った。


敵として。

けれど、どこかで“兄弟”として。


◆◆◆


最深部には、静寂だけが残った。


結晶の中のリュミナは、

相変わらず穏やかな寝顔で眠っている。


僕は祭壇に近づき、そっとその表面に手を当てた。


「……リュミナ」


名前を呼ぶと、胸が締め付けられる。


「僕は、ノアで――アルスだ。

 あの時みたいに、全部背負って死ぬつもりはない。

 でも、あなたの願った“愛を知る”っていうのは――

 少しは、叶えられていると思う」


振り向けば、そこには仲間たちがいた。


セレナ、マリーヌ、エリシア。

ザン、ヴァイス、ティノ、カイル。


全部を抱えて前に進むのは、きっとまだ辛い。

でも――


「だから、見ていてくれるならさ。

 今度こそ、“ちゃんと生きてみせるよ”」


結晶の中のリュミナが、

ほんの一瞬、微笑んだ気がした。


きっと気のせいだけど――

それで十分だった。


僕たちは最深部を後にした。


黒フードは逃げた。

本当の敵はまだ見えない。

滅びの力も、完全には制御できていない。


それでも。


守りたいものがある限り、

この物語は続いていく。


僕は、滅びの子じゃない。


――アルスとして、ここにいる。

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