第34話
瘴気の龍との激闘が終わったにも関わらず、
体の震えはまだ止まらなかった。
黒フードの去った扉は開いたまま。
広間には静寂だけが残り、空気は重い。
ザンが先に口を開いた。
「……追うんだろ?」
僕は頷く。
けれど、足が自然と前へ出なかった。
黒フードが言った “兄弟” という言葉。
滅びの子としての役割。
そして――僕が本来、世界を救う存在ではなく、破壊する存在だという可能性。
歩くことはできる。
でも、心が追いついていない。
それを察したのはセレナだった。
「少し、休みましょう。急ぎすぎたら心が折れるわ」
言葉が優しすぎて、逆に胸が痛む。
セレナは僕の手を引いて広間の端に移動し、しばらく黙って隣に座った。
「怖かったでしょ? 今の戦いじゃなくて……“言葉”の方が」
僕は否定しようとしたが――できなかった。
セレナは続ける。
「あなたは優しい。だから“滅ぼす役割”なんて認められるはずがない。
でも優しいからこそ、誰かの言葉で自分を責めてしまう」
静かで柔らかい声だった。
「いいのよ、間違っても。悩んで、迷って、泣いても。
その全部を抱えたまま、生きててくれたらそれでいい」
息が震えた。
「……僕は弱いよ」
「弱い人ほど、誰かを守れるようになるの。
だって痛みを知っているから」
セレナは僕の肩を抱き寄せた。
温度が戻っていくようだった。
◆◆◆
「アルス様!」
涙目のマリーヌが駆け寄って抱きしめるように腕を取った。
「本当に無事でよかったです……!
私、あの時……怖くて……アルス様がいなくなるのが嫌で……!」
震える声。
必死すぎて胸が痛くなる。
「ありがとうマリーヌ。
君のおかげで戻ってこられたよ」
「……本当に……? 一番近くで支えられましたか……?」
「もちろん。君がいなかったら――きっと僕は壊れていた」
その言葉でマリーヌはまた泣きそうになり、だけど笑った。
「じゃあ……これからもずっと、側にいさせてください。
戦えるようになるから。守りたいから。大好きだから」
その“好き”は冗談でも勢いでもない。
真剣で、痛いほどの想いだった。
◆◆◆
エリシアは僕の腕を掴んで、仲間から少しだけ離れた場所へ連れていった。
「聞きたいことがある」
相変わらず表情は冷静。
でも目だけが揺れていた。
「滅びの力が暴走したとき――
あなたは誰かの名前を呟いた。“***”。
覚えてる?」
胸が跳ねた。
夢に何度も現れる、ぼやけた女の声。
愛を知ってほしかったと言った彼女。
「たぶん……前世の知り合いだ」
エリシアは少しだけ唇を噛んだ。
「ねぇアルス。
“滅びの子”が役割なら、愛した人を失った可能性は高い。
前世のあなたは、孤独で終わったのかもしれない」
言葉は鋭かったが――痛みを共有しようとする優しさがあった。
「でも、役割は塗り替えられる。
前世が滅びでも、今は違う。
それを証明するために戦うんでしょ?」
頷くと、エリシアはわずかに微笑んだ。
「よかった。あなたが戦う理由はもう“滅び”じゃない」
それだけで距離が急に近くなった気がした。
◆◆◆
全員が再び集まったところで――
ヴァイスが広間の奥の扉を示す。
「黒フードは“最深部で話す”と言った。
戦うだけじゃなく、真相を聞かせるつもりだ」
ザンは拳を鳴らした。
「だったら聞いてやろうぜ。“兄弟”ってのが何なのかも」
ティノも不安なまま笑う。
「怖いけど……ここまで来て帰る選択肢はないよな」
マリーヌは涙を拭き、強い瞳で言った。
「何が待っていてもアルス様の味方です」
セレナは僕の手をそっと握る。
「行きましょう。終わらせるために」
エリシアは杖を構えた。
「真実を見届ける――そのために来た」
僕は深く息を吸う。
滅びの子でも、救世主でもない。
ただの“僕”として選ぶ。
――守りたいもののために進む。
「行こう、みんな。最深部へ」
その一言で全員が動き出す。
奥の扉は、まるでこちらの覚悟を待っていたかのように
静かに闇の道を広げた。
僕たちは迷いなく、その闇へ踏み込んだ。




