第30話
異変が起きたのは、その翌日の放課後だった。
空が割れた。
正確には――
学園の上空に、巨大な“裂け目”が生まれた。
黒い雷のような魔力の亀裂が走り、
生徒たちの悲鳴が校庭にこだまする。
《――ア……ルス……》
あの声。
僕を呼ぶ声。
裂け目から姿を現したのは、
黒い布に覆われた“獣”のような影。
四つ足。
骨のような外殻。
口は裂け、赤い光だけの眼孔。
召喚獣――だが、生者ではなく死霊の混合体。
ヴァイスが即座に叫ぶ。
「全員散らばれ!第一階層の魔力障壁から下がれ!!」
セレナが生徒たちを避難誘導に回る。
「負傷者は校舎の中!走って、落ち着いて!」
ティノが風の魔術を放ち、避難ルートを切り開く。
ザンが影の怪物に向けて拳を構える。
「俺は前に出る!突撃はさせねえ!!」
エリシアは杖を構え、冷静に魔力解析。
「死霊術式……五層構造……弱点は“核”がどこかに……!」
僕は息を吸う。
(狙いは――僕だ)
話している余裕はない。
怪物が咆哮し、巨大な影の爪を振り下ろす。
「来い……!!」
◆◆◆
ザンが先陣を切り、土属性の強化を凶暴な勢いで纏う。
「ぶち砕けェッ!!」
拳が影の脚にめり込み、爆ぜた。
土の衝撃で怪物の体勢がわずかに崩れる。
そこにティノの風が渦を巻き、
ヴァイスの水の刃が関節部を切り裂く。
三人の連携は完璧だった――
それでも、怪物は倒れない。
セレナの魔法詠唱が完成し、
炎の軌道が怪物の胴を打ち抜いた。
「消えなさい!!」
爆炎で視界が揺らぐ。
しかし――
影の獣は再生した。
焼け焦げた肉体が黒い瘴気で縫い合わさっていく。
セレナが歯を食いしばる。
「再生……!核を壊さなきゃ!」
エリシアは稲妻のような速度で思考を巡らせていた。
「核の魔力座標を割り出す――
みんな、あと19秒持たせて!!」
19秒。
それは長く、残酷な数字だった。
怪物が全方位に黒い衝撃波を撒き散らす。
ティノが吹き飛ばされそうになり、セレナが抱えて庇う。
ザンが両腕で受け止め、骨が軋む音が響いた。
(……危ない)
僕の中の何かが、音もなく崩れた。
背骨に氷のような熱が走る。
視界が白く変色していく。
(守れなくなるのは……嫌だ)
手のひらに力が集まる。
光。
だが純粋な光ではない。
“前世のあの冷たい力”と、
“今この世界で得た温かい力”が混ざり始める。
暴走の兆候。
エリシアが振り返って叫んだ。
「ダメ!その魔力はまだ――!」
その瞬間――
マリーヌの声が届いた。
「アルス様!!」
振り向くと、校庭の端で
避難誘導を手伝っていたはずのマリーヌが
叫びながら走ってきた。
「みんな、無事で帰ってくるって……
信じてるから!!」
その一言が、
暴走の端に足を踏み入れた僕を引き戻した。
(……そうだ。守るために壊れたら意味がない)
光は鋭さを失い、
代わりに“温かさ”を帯びて手の中で形になる。
僕は深く息を吸い、仲間に叫んだ。
「あと3秒で決着をつける!!全員、合わせて!!」
全員が一斉に構える。
ザン「行け!!」
ティノ「任せろ!!」
セレナ「絶対支える!!」
ヴァイス「溺れさせるよ!」
エリシア「核座標、確定!!腹部中央――“ここ”!!」
合図はなかった。
必要なかった。
僕たちの魔力が重なり、
光・炎・風・水・土・雷――
全てが怪物の核に収束した。
眩い閃光が爆ぜる。
咆哮も残さず、影は消滅した。
校庭は静寂に包まれる。
全員の息が荒く、汗が滲んでいた。
それでも――
誰も倒れていない。
(守れた)
その実感が胸に広がる。
しかし安堵は一瞬だった。
エリシアが消えた影の残滓を解析し、凍える声で呟く。
「……召喚主の術式、追跡成功。
黒フードの本拠――“特定できた”」
全員が息をのむ。
彼女は僕をまっすぐ見て言った。
「行かないと……
“次は誰かが死ぬ”。
――きっと、“あなたの大切な人が”」
握り拳に力が入る。
平穏も、恋も、友情も――
全部を終わらせないために。




