第3話 まさかの
お前は、愛を求めてはいけない。
お前は、罪と向き合わなければいけない。
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「!?」
変な夢を見た。
愛を求めるなと。罪と向き合えと。
一体誰なんだあれは。
夢の中ではモヤがかかっていて顔がわからなかった。だが、オレはあいつを知っているような気がする。
あいつは、前世であったことがある誰かということか…?
「失礼します!」
ともかく今はいいか。
「お着替えをお持ちしました!」
「ありがとうマリーヌ!」
とりあえず着替えるか。
「そういえば!旦那様がお食事の後にお部屋に来てくれと仰られておられました!」
「わかったよ。じゃあ、まず食事と行こうか。今日のメニューは?」
「本日はパンとオムレツ、サラダ、コーヒーでございます!」
「わかった!さっそく行こうか」
そう言い僕たちは部屋を出た。
朝食を終え、僕は父の書斎へ向かった。扉の前に立つと、いつもの威圧感ある父の気配が中から感じられたが、不思議と今日はそれ以外の――焦ったような、鋭い気配が混じっていた。
ノックをするとすぐに返事が返ってきた。
「入れ」
ドアを開けると、父と母が向かい合って座っていた。どちらも普段より真剣な表情だ。僕が入ると、二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、母が柔らかく微笑んだ。
「アルス、来てくれてありがとう」
「話がある」と父が続ける。「……先日の剣の指導者、ユーリのことだ」
やはりか、と心の中でつぶやく。
「あの女が突然逃げ帰ったのは知っているだろう。あの後、王立騎士団から報告が入った」
「報告……?」
「ユーリは三日前から行方不明者として捜索されていた。行方不明後、遺体で発見されたらしい」
……死んでいた?
じゃあ、僕の前にいたのは何だったんだ。
「奴の死因は不明。だが――遺体は『外見上だけは』まったく傷がなかったそうだ」
母は気丈にしているようで、その肩はほんの少し震えていた。
「あの者を雇ったのは王立騎士団の推薦です。信用できる人物のはずでした。しかし……まさか“死者”が屋敷に現れるなんて」
死者。
マリーヌの“死体の匂い”という言葉が頭に蘇る。
「アルス、お前に危険が迫っている可能性がある」父が真っ直ぐ僕を見た。「だが、それはお前が悪いのではない。王都では最近、妙な事件が増えているらしい」
僕は自分の鼓動が早まるのを感じた。胸の奥底で、僕ではなく“オレ”の感情が蠢いた。
――殺意を向けられた感覚。
――前世で嫌というほど嗅いだ、あの“悪意”。
母がそっと僕の手を握った。
「アルス、怖い思いをさせてごめんなさい。でも大丈夫。私たちが守るわ」
……温かい。
胸の奥が、痛いほど熱くなる。
「父上、母上。僕は大丈夫です。でも、僕が狙われているのなら……僕も強くならないと」
その言葉に父が笑った。
「そうだ。それでこそ、俺の息子だ。だが焦るな。まだ五歳児だろう?」
「見た目は、ね」
そう思わず呟きそうになって口を閉ざした。
父は立ち上がり、部屋の隅の大きな木箱から一本の剣を取り出した。淡い銀色に輝く、細身の美しい剣だ。
「これは俺が初めて手にした“本物の剣”だ。アルス、これを託す」
「えっ……?」
「まだ使うには早い。だが、『持っている』ことが大切だ。剣とは戦うための道具ではない。守りたいものに刃を向ける覚悟の象徴だ」
剣を受け取った瞬間、胸の奥の何かがざわりと揺れた。
触れた刃から脳裏へ走る映像――血、悲鳴、闇。
“オレ”が奪ってきた命の数々。
『お前は、愛を求めてはいけない』
夢の中の声が頭に響いた。
なぜだ。
今の僕には、求めたいものがある――守りたいものがあるのに。
「…アルス?」
気づけば息が乱れていた。母が心配そうにのぞき込む。僕は慌てて笑顔を作った。
「大丈夫。ただ、少し驚いただけ。ありがとう父上、母上。大切にするよ」
父が満足げに頷き、母が安堵したように微笑む。
話は一度終わり、僕は部屋を下がった。廊下を歩きながら、胸元に抱いた剣の重みがずしりと響く。
(なぜ狙われる……?僕はただの五歳児のはずなのに)
それとも――
(前世のオレに関係している?)
考えれば考えるほど、答えは霧の中に沈んでいく。
「アルス様!」
マリーヌが駆け寄ってきた。息を切らし、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ど、どうしたの?」
「さ、さっき……屋敷の外で、変な人影を見たんです!真っ黒なローブを着ていて、こちらを見て笑って……!」
全身に悪寒が走った。
“悪意”だ。たとえ姿を見なくてもわかる。
「場所は?」
「中庭の方です!でも、気づいたら煙のように消えて……!」
迷う暇はなかった。
「マリーヌ、父上と母上へすぐ報告して!僕は場所を確認しに行く!」
「で、でも危険です!」
「僕はすぐには近づかない。見るだけだよ」
嘘だ。
心のどこかがそう囁いた。
――戦える。
――殺せる。
前世の“オレ”が、奥で冷笑しているようだった。
中庭へ向かう途中、僕の胸の奥が妙にざわつき始めた。風が止まり、空気が重くなる。
そして。
「やぁ、見つけたよ――《王家殺しの転生者》」
声が、耳元に響いた。
誰もいないのに。
次の瞬間、中庭の中央に“それ”が立っていた。
黒いローブ。
人とは思えないほど細く長い腕。
そして、ローブの隙間からわずかに見えた蒼白い皮膚。
「会えるのを楽しみにしていたよ、アルス・アドマイヤ」
吐き気が込み上げるほど濁った声。
けれどどこか、愉快そうな笑みすら感じられた。
「……誰だ、お前は」
幼い声で問い返す。しかし目は逸らさない。
ローブの男は喉の奥で笑った。
「それを知るのは、まだ早い。だが――君の“前世の罪”が、もうすぐこの世界を焦がし始める」
風も吹いていないのに、周囲の木々がざわついた。
「罪の結末からは逃げられない。愛など求めるな。救いなどない。君は再び――殺戮の王になる」
一瞬、世界が赤く見えた。
気づけば、僕は剣に手をかけていた。
鞘から引き抜きかけた金属音が耳を裂く。
その瞬間――
「アルス!!!!」
父の声。
振り向くと、信じられない速度で父が駆け寄ってきていた。
だが。
振り返った時には、中庭には僕と父だけだった。
「……どうした?何があった?」
「父上……黒いローブの、変な人が……」
「誰もいなかったぞ」
父の声には焦りが混じっていた。
僕の言葉は嘘ではない。けれど父には見えていなかった。
「……本当だ」
父は僕の肩を強く抱きしめた。
「アルス……絶対に一人で行動するな。いいな」
「……うん」
その返事の裏で、僕の心は静かに震えていた。
――なぜ父には見えなかった?
――あいつは僕だけに話しかけてきた。
考えたくない推測が、頭をよぎる。
(まさか……《僕が》狙いじゃなく、《オレ》が狙いなのか)
胸の奥から不気味な囁きが響いた。
『アルス、お前は愛を求めてはいけない』
あの夢の声と同じだった。




