第29話
翌日。
いつもと変わらない昼休みのはずだった。
セレナは読書を、
マリーヌは昼食の支度を、
エリシアは魔導書の解析を――
それぞれが違う場所で過ごしている。
僕は教室で、ティノとカイルの漫才のような掛け合いを笑っていた。
(昨日は……いろいろあって苦しかったけど、時間が経つとちゃんと温かい)
ザンが後ろから無造作に声をかけてきた。
「なんか、いい顔してんな」
「してる……かな?」
「してる。たぶん、守りたいもんが増えた時の顔」
図星で、少し照れた。
そんな“日常”の真ん中で――
校内放送が突然ノイズを走らせた。
《――ザー……ガ…… 失礼、機材トラブルです――》
先生たちがざわつき、生徒も首をかしげる。
ほんの数秒のノイズ。
でもその音の中に――聞こえた。
《アルス=アドマイヤ》
(……呼ばれた?)
名前だけが、低く、掠れるように。
聞き間違いではない。
心臓が跳ねた。
◆◆◆
放課後。
学園の中庭を歩いていると、誰かの気配を感じた。
「アルス」
セレナだった。
髪を風に揺らしながら、真剣な顔をしている。
「今日の放送――聞こえた?」
「うん、聞こえた。でも、あれは……」
「普通の放送機器じゃない。
魂に直接触れるような“声の魔術”」
やはり聞き間違いではなかった。
そこへ静かに足音が近づいてくる。
「アルス。あなたを呼んだ声――記録した」
エリシアが魔導端末を手に現れる。
ノイズを解析した波形を見せてきた。
「人間の声の帯域じゃない。
あれは霊的共鳴の“呼び声”。
特定の相手だけに届くよう調整されてる」
セレナが身を震わせる。
「そんな魔術、誰が……」
そして――
背後からもうひとつの声。
「たぶん……“死んだもの”の匂いです」
マリーヌ。
彼女の嗅覚は嘘をつかない。
「放送室に残ってました。
生きている人間の匂いではありませんでした」
(やっぱり……黒フードの影)
空気が一気に緊張に変わる。
ザンとヴァイスも駆けつけてきた。
「おいアルス。護衛は徹底するぞ。
今日は絶対に一人にさせない」
「影の干渉が強まっている。
黒フードの目的は“警告”じゃない。
“誘導”だ」
(誘導……僕をどこかへ導こうとしている?)
そこで、エリシアがふっと顔を上げた。
「――次、来る」
「え?」
「気配が近い。…この学園の“どこかに”既に侵入者がいる」
全員が息を呑む。
◆◆◆
そのとき――
校舎の裏、植物園のガラス壁が震えた。
パンッ――!!
破砕音ではなく、ひび割れる鈍い音。
僕らが駆け出すと、
中庭から見える巨大温室のガラスが、
じわり、じわり、と黒く変色している。
まるで“腐っている”。
ティノが蒼白になる。
「なにこれ……植物園だよ!?なんでこんな……!」
「違う」
ヴァイスが魔力を感知して表情を硬くする。
「植物園じゃない。
“霊脈の集中点”を汚染してるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、全てが繋がりかけた。
(霊脈の乱れ……学園の周囲に円のように広がっていた影……
学園長が言っていた“大規模術式”の可能性……)
「植物園を壊すのが目的じゃない」
セレナが息を詰めて言う。
「学園そのものを……“祭壇”にする気なんだ」
空気が凍りついた。
◆◆◆
エリシアが杖を構え、
魔力を測定するように前へ進み――
「……いる」
温室の奥。
黒い影。
黒フードでもなければ生徒でもない。
人型なのに、形が曖昧で、
生と死の境目を揺れているような存在。
エリシアが震える声で呟く。
「……これは、魂を“無理に留めた”存在。
死者を封じ込めて使役してる」
セレナの瞳が揺れる。
「そんなこと、禁忌中の禁忌よ……!」
影は動かない。
ただこちらを“見ている”。
そして――ノイズ混じりの声。
《……アルス……アドマイヤ……迎エニ来タ……》
僕の背筋が冷たくなる。
(呼んでいる。僕を狙って)
この影を戦えば、確実に戦闘になる。
でも――
(戦うのは今じゃない。…罠だ)
僕は素早く全員に指示を飛ばす。
「攻撃しないで!挑発に乗らない!
あれは戦うための存在じゃなく、誘い込むための存在だ!」
全員が踏みとどまる。
影は静かにひび割れたガラスの向こうへ退いた。
まるで――
“予定の工程が完了した”ような歩き方で。
温室の黒い染みは自然に消えていく。
ザンが怒りに歯を食いしばる。
「ふざけんな……逃げんなよ……!」
ヴァイスが低く言う。
「逃げたんじゃない。
目的の第一段階が“成功”しただけだ」
僕は拳を握りしめた。
(僕の日常を知っていて、幸福の時を狙った)
黒フードはただの敵じゃない。
“僕を理解している敵”だ。
その時――
セレナがそっと僕の手を取った。
「大丈夫。ひとりにならないで。
私たちは絶対に離さないから」
マリーヌも背中に触れる。
「怖くなったら、隣にいます」
エリシアも淡々と言葉を重ねる。
「あなたを奪わせない。
理由は……言わなくても、わかるはず」
心の奥で何かが震える。




