第27話
週末の放課後、学園の門前に馬車が停まっていた。
アドマイヤ家の紋章が刻まれた豪奢な漆黒の車体。
僕たちは週末限定の帰省日で、久々に屋敷へ戻る予定だ。
ザンが馬車を見上げてぼそり。
「……なんか王族みてえだなアルス」
ティノは目を輝かせてはしゃいでいる。
「帰省って響きがもう貴族~!貴族の特権~!」
ヴァイスは控えめに笑う。
「でも、たまに家族の顔を見るのはいいことだよ」
カイルはなぜか泣きそうになっている。
「俺……家に帰ると毎回妹に殴られるから羨ましい……」
各家庭いろいろあるらしい。
僕は苦笑しつつ馬車へ乗り込むと――
扉の向こうに見慣れた顔があった。
「アルス様!!お帰りなさいませ!!」
熊の耳を揺らして嬉しそうに笑う獣人のメイド――マリーヌ。
(あ……なんだろう、ほっとする)
彼女は相変わらず元気で、
僕を見るなり尻尾をブンブン振っている。
「ご学友の皆様もようこそお越しくださいました!
今日はご夕食も楽しんでいただけるよう準備しております!」
丁寧な挨拶なのに、どこか微笑ましい。
ザンがぼそり。
「食事のために来たんじゃねぇが……楽しみではあるな」
ティノは感動している。
「メイドさんに歓迎される人生……俺、転生したっけ?」
カイルにいたっては深呼吸している。
「異世界貴族の屋敷……深呼吸……肺が喜んでる……」
馬鹿騒ぎのまま馬車は走り、屋敷へ到着した。
◆◆◆
玄関ホールに入ると、温かい空気と食事の匂いが迎えてくれる。
母のシェイルが微笑みながら降りてきた。
「アルス、おかえりなさい。元気そうでよかったわ」
「ただいま母さん」
優しく抱きしめられ、胸が少し熱くなる。
この人の温かさは、前世にはなかったものだ。
父のヴィリアンスは何故か筋トレしながら現れる。
「アルス!!筋肉は裏切らんぞ!!」
「いきなり何の話!?」
みんな大爆笑だった。
◆◆◆
夕食。
豪華な料理が並ぶ大きな食卓。
談笑が続く中、マリーヌは慣れた手つきで僕の皿に料理を取り分ける。
「アルス様、こちらのお肉は柔らかくて食べやすいですよ!」
「あ、ありがとう」
「こちらのスープもどうぞ!
それからサラダも、パンも、デザートも――」
「ちょっと、乗せすぎ!」
みんなが笑う中、セレナが静かにこちらを見ていた。
(……気づいてるな)
マリーヌの“好意”に。
◆◆◆
夕食後、男子組は客室へ案内され、
僕とマリーヌは廊下で二人きりになった。
どこかぎこちない沈黙。
マリーヌがゆっくり口を開く。
「……アルス様、学園は楽しいですか?」
「うん、とても。仲間もできたし」
「そうですか、それは……よかったです」
声は微笑んでいるのに、耳と尻尾がしょんぼりしている。
「……どうしたの?」
足を止めると、マリーヌは胸の前で手を握りしめた。
「最近……
アルス様のお手伝いが、減ってしまって……
わたし、いらなくなってしまうのかなって」
その一言が胸に刺さった。
(そんなわけないのに、ちゃんと伝えてこなかった)
「マリーヌのこと、いらなくなるなんて絶対ないよ」
そう言うと、彼女の瞳が揺れた。
「……だったら……嬉しいです」
尻尾がほんの少しだけ揺れる。
「でも……変わったのも事実です。
アルス様は学園に行って、素敵なお友達ができて、
その……女の子も増えて……」
はっきりは言わない。
でも、言いたいことは伝わった。
「私……昔みたいに、誰より近くで支えることは……
もうできませんか?」
その問いは、ただの不安ではなかった。
“勇気を出して近づこうとする気持ち”が滲んでいた。
ちゃんと答えなきゃいけない。
「昔みたいに、っていうのはできない。
でも――今の距離だからできる支え方もあると思う」
マリーヌが驚いたように顔を上げた。
「僕は、マリーヌに支えられてきた。
今も、これからも支えてほしい。
それが一番嬉しいんだ」
彼女の目に涙が溜まる。
「そんな……優しいこと言ったら……」
一歩、近づいてきた。
「……期待してしまいます」
僕は動けなかった。
甘くて、泣きたくなるような静寂。
でも次の瞬間――
ライトが一瞬揺らぎ、廊下の影がざわついた。
魔力の痕跡――“黒い鳥”と同じ気配。
マリーヌも反応する。
「……またあの匂い。死んだものの匂いが……どこから?」
僕はすぐに警戒態勢になった。
(黒フードの影……屋敷にも近づいている?)
だけどマリーヌは一歩下がり、いつもの笑顔を作った。
「す、すみません!わたし今日は感情的になりすぎて……
先ほどのは聞かなかったことにしてください!」
「聞かなかったことにしないよ」
「~~っ!」
顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
廊下に残された僕は、
さっきの残り香のような温かさと、
影がつけていった冷たさの両方を胸に感じていた。
(守りたいものが増えるほど――危険も近づいてくる)
でももう、それを理由に距離を置きたくなかった。




