第25話
放課後、研究棟の中央区画――
魔力測定室の扉の前に立っていた。
重厚な金属扉の向こうから、魔力の低い唸りが伝わってくる。
「ここが……」
僕が呟いた瞬間、後ろからザンが肩を叩いてきた。
「安心しろ。お前に何かあればすぐ止める」
ヴァイスも静かに頷く。
「そのための同行だからね」
ティノはやたらと落ち着かない。
「なんかさ……緊張してきた。お医者さんの初診察を見守る親族の気持ちってこんな感じ?」
「違うと思う」
セレナは無言のまま扉を見つめていた。
拳が少しだけきつく握られている。
そんな僕らの前に、無音で扉が開いた。
中から、白いローブの少女――エリシアが姿を見せた。
「準備は整った。入って」
淡々とした口調なのに、
どこか急かすような熱を感じた。
◆◆◆
魔力測定室は円形の無機質な空間だった。
床には複雑な術式陣、
中央には大きなクリスタル状の測定装置。
エリシアは僕の正面に立ち、質問もなく手を差し出す。
「アルス。手を」
一瞬ためらったけれど、そっと手を重ねる。
その瞬間――
魔力が流れた。
熱くも冷たくもない、
けれど“底なし”の何かが互いの内側を覗くような感覚。
エリシアの瞳がわずかに揺れた。
「……すごい」
初めて、彼女の声に色が宿った。
「普通の魔力ではない。
でも、魔王型でも聖属性でもない。
それなのに――底が見えない」
研究者としての熱ではなく、
衝動に近いものが滲んでいた。
「どうして……こんな波形を……どうして……あなたは……」
そこで、彼女の声が途切れた。
呻くように呼吸が乱れ、
まるで溺れるように僕の手を掴む。
セレナがすぐに割って入った。
「エリシアさん!やめて!」
魔力の流れが断ち切られ、エリシアの身体が揺れた。
ザンが素早く支える。
「だいじょ――」
その声はかすれていた。
(まさか……魔力の干渉に飲まれた?)
ヴァイスが状況を読み取る。
「共鳴が強すぎたんだ。
アルス側が無意識に“力を返して”しまった」
ティノが青ざめた。
「つまり……彼女のほうが危なかったってこと?」
僕は慌てて駆け寄った。
「大丈夫?無理させたのは僕かも……」
目を伏せるエリシア。
「違う……無理をしたのは、わたし。
わたしが……もっと知りたかったから……」
かすれた声は、怒りでも焦りでもない。
ただ真っ直ぐで、ひどく切実だった。
「あなたの魔力は……
千年前の“戦女神の波形”と似ている。
でも同時に……対となる別の何かも感じる」
僕の心臓が跳ねた。
(あの夢の声……? 生まれる前のあの感覚……?)
一瞬沈黙が落ち――
エリシアは小さく息を吸うと、静かに頭を下げた。
「……ごめんなさい。
危険な行動をとった。反省する」
丁寧な謝罪に、セレナも表情を緩めた。
「危険だと思ったら止める。それだけの話よ」
ザンは肩をすくめる。
「まあ、誰でも暴走しそーになる時はある」
ヴァイスが淡く笑う。
「特に“人に興味が生まれた時”がね」
エリシアは一瞬だけ僕を見た。
その視線は、研究対象としてではなく――
僕“自身”を見ていた。
◆◆◆
測定のあとは簡単な休憩になり、
みんなで研究室横のラウンジに移動した。
ティノがジュースを配り、カイルはパフェを運んでくる(なぜある)。
ザンはぼそっと言う。
「……なんか普通にお茶会みてぇだな」
するとカイルが立ち上がり、朗々と宣言する。
「ハーレム主人公のデート現場に
ボディーガードとして同伴する我々ァ!!
世界最強のサポートキャラ軍団だ!!」
全員(黙れ)
ただ、口喧嘩混じりの掛け合いは楽しくて、
エリシアまでもがほんの少しだけ口元を揺らした。
(あ……笑ってる……?)
気づいたのは僕だけだった。
◆◆◆
夕方、寮に戻る途中。
エリシアがふと立ち止まった。
「アルス。今日の……その……ありがとう」
その単語を選ぶまでに
三秒ほど沈黙があったのが、逆に重かった。
「こちらこそ。僕も、ちゃんと話せてよかった」
「……また測定をしたい。
でも、無理はしない。約束する」
「なら、また付き合うよ。僕も知りたいことがあるし」
それを聞いた瞬間――
エリシアの瞳が、
淡い光を宿して僕を見つめた。
無感情ではなく、
歓喜でもなく、
ただ静かに求めるような眼差し。
「嬉しい……」
その小さな声は、風よりも軽かった。
そして彼女は続けた。
「でも――次は、みんな抜きで。
“わたしとあなたの二人だけ”がいい」
心臓が跳ねた。
返事ができないでいると、
彼女はくすりとも笑わず小さく頷いて歩き出した。
寮の窓から光が漏れ、
学園の灯りが夜に滲む。
(また……日常が変わっていく)
今日だけでも十分に理解できた。
エリシアは――
ただの天才でも、ただの研究者でもない。
彼女はきっと、
“僕を放さない理由”を持っている。
その理由が
恋なのか、執着なのか、
あるいは運命なのか。




