第20話
図書塔は学園の外れにそびえていた。
尖塔の窓から淡い紫の光が漏れ、風もないのに空気が波打つような揺らぎを見せている。
(魔力暴走の余波……)
夜の闇が落ちきる前の薄暮。
普段は静かな塔が、今はざわついているように感じた。
入口には結界が張られており、教師と警備兵が慌ただしく術式を確認している。
僕たちが駆け寄ると、教師の一人が指示を飛ばした。
「セレナ、ザン、ヴァイス、来てくれて助かる!
塔内部で魔力暴走が発生、生徒二名が取り残されている!
だが結界の干渉で扉が開かない!」
ヴァイスが結界を見つめ、低く呟く。
「これは……内部から“意図的に閉じた結界”だ。
外部からは解除できないタイプ」
セレナの瞳が冷たく光った。
「なら、中に入るしかないのね」
教師が困惑する。
「だが内部暴走の中心へ向かうのは危険だ。
誰が行ってもいいわけでは――」
「俺たちが行く」
ザンが短く言い放った。
反論を封じるような強さ。
続けて僕の肩に手を置く。
「お前を狙った奴の気配があるなら、なおさら行くべきだ。
逃げても追ってくる。なら向き合うしかねぇ」
セレナもヴァイスも頷いた。
教師は一瞬迷ったものの、最後には言った。
「……中の生徒を頼む。だが無茶はするな」
結界の薄皮がひとときだけ緩む。
僕たちはその隙に塔内へ踏み込んだ。
◆◆◆
中は薄暗かった。
魔力の光が空中を漂い、書架の影が歪む。
「この感じ……“死霊魔術”じゃない。
もっと原始的な、意志を持たない暴走体……?」
ヴァイスが魔力痕を指で確かめる。
塔の奥から叫び声が聞こえた。
「助けて!誰か!!」
迷う余地はなかった。
階段を駆け上がると、二階の閲覧室に生徒が二人いた。
床の陣が紫色に発光し、中心にいる少女の魔力が暴走し続けている。
「止めて!魔力が勝手にあふれて――!!」
「制御できないんだ!誰か助けて!」
セレナが一瞬で駆け寄る。
「大丈夫!落ち着いて、呼吸を合わせて!」
ヴァイスは陣式の解析に集中。
「術式の起動源は……彼女じゃない。
この魔法陣、外から強制的に魔力を流し込む構造だ」
「つまり、罠ってことか」
ザンが低く吐き捨てる。
僕は暴走の中心にいる少女の目を見る。
恐怖で潰れそうな瞳。
息が荒く、涙がこぼれている。
(怖いよな……誰か助けてほしいよな……)
その一瞬、心のどこかが前世の誰かを思い出しかけた。
助けられなかった誰か。
手を伸ばしても届かなかった誰かの涙。
胸の奥で、冷たい感情と熱い感情がぶつかる。
ザンの声が背中を叩く。
「行け。今は“ここにいる誰か”を見ろ」
僕は頷いた。
少女の腕を取り、言った。
「大丈夫。君は上手くやれてる。
呼吸を止めないで。魔力を“押し出す”じゃなく“渡す”んだ」
「む、無理……!」
「できる。君はちゃんと恐怖に耐えてる。
強い人じゃないと、それはできない」
一拍、少女の瞳が揺れる。
次の瞬間、魔力の流れが一瞬だけ柔らかく変わった。
「今!」
セレナが少女の魔力に触れ、ヴァイスが術式を修復し、
ザンが結界の外殻を剛力で叩き割る。
破裂音とともに魔法陣が破断し、光は霧散した。
少女が泣き崩れ、仲間の少年が抱きしめる。
「……ありがとう……本当に、ありがとう……!」
安堵が広がるが、すぐに緊張が戻ってきた。
ヴァイスが床の痕跡を見て眉を寄せる。
「この陣式……
死者の魔力を媒介にした“外部リンク”だ。
塔のどこかに送信式がある」
「犯人がまだ塔の中にいるってことか」
ザンがはっきりと言う。
セレナは視線を走らせ、低く呟く。
「……この魔力の流れ。誰かが学園内から誘導してる」
僕は息を呑んだ。
「マリーヌを襲った者と同じ?」
セレナは首を横に振る。
「違う。でも“仲間”か“同じ目的”を持つ者よ」
少女が震える声で言葉を重ねた。
「……陣が光る直前……
誰かが奥の書庫に入っていくのが見えたの……
黒いフードの人物……」
全員の目が鋭くなる。
「生徒の、大きさだった……」
塔の奥へ続く階段が冷たい影を落としている。
静寂が波のように押し寄せた。
それでも――誰ひとり退かない。
ザンが剣の柄に手を置く。
「アドマイヤ。進むか?」
セレナが僕の横に立つ。
「あなたが進むなら、わたしたちは共に行くわ」
ヴァイスが淡々と告げる。
「これは偶然じゃない。
“仕掛けた者”がいるなら、放ってはおけない」
胸の奥は怖い。
でも、それ以上に。
――もう、ひとりで立っているわけじゃない。
僕は短く息を吸って言った。
「行こう。進む先に真相があるなら、
逃げても追いつかれるだけだから」
四人は笑わなかった。
でも全員の目に、迷いはなかった。
階段の影の奥へと足を踏み入れる。
淡い紫の光が揺れ、塔は息を潜めるように静かだった。
暗闇の向こうに、確かに“誰かがいる”。
けれど僕は――
たった一度も立ち止まりはしなかった。




