第17話
ティノの魔力暴走を止めた日の放課後。
授業がすべて終わり、明るい廊下に夕陽が差し込んでいた。
今日の僕は少し疲れていた。
身体ではなく、心が。
(また“普通じゃない”ところを見せてしまった……)
助けたことは後悔していない。
でも――あの瞬間、前世の「オレ」が表に出かけたのが怖かった。
帰り支度をしていると、カイルが声をかけてきた。
「なぁアルス、今日は先帰るわ!腹が減りすぎて死にそうなんだ!」
「伝説にならない死に方だね……」
「だろ!だからごはん優先だ!!」
ティノも笑顔で手を振り、ヴァイスは無言で軽く会釈して出ていった。
セレナも視線で「無理しないで」と呟くような表情を残して帰っていった。
教室には僕ひとり――
……のはずだった。
「アドマイヤ」
名前を呼ばれ、振り向く。
そこにいたのはザンだった。
(今日は話しかけてこないと思ってた……)
ザンは歩み寄るでもなく、距離を置いたまま壁に寄りかかっていた。
「……今日の授業。お前がティノを助けたの、見てた」
「そう……だったんだ」
ザンは腕を組んだまま、表情を崩さない。
「誤解するな。感謝しにきたわけじゃない」
「別に感謝されたくてやったわけじゃないよ」
その言葉が、ザンの眉をわずかに動かした。
「なら聞くが――」
ザンは真っ直ぐな視線を向けてくる。
「なぜ助けに行った」
「危なかったから」
即答だった。
けれど、ザンは首を振る。
「違う。危なかっただけなら先生が行っていた。
誰だって『危ない』と感じたはずだ。だが――走っていったのはお前だけだ」
ザンの言葉が胸に刺さる。
「……あの一瞬、お前は迷いがなかった。
あれは“怖さを知らない行動じゃない”。
怖さを知っている奴の動きだ」
息が止まるような感覚。
(ザンは……気づいていた?)
「俺は戦闘経験豊富な家柄で育ってる。
危険に飛び込む人間がどういう目をしてるかくらいわかる」
ザンが近づいてくる。
壁越しの夕陽が、影となって床に落ちた。
「お前……誰を救おうとしてる? 誰の代わりに助けてる?」
その問いが、胸の奥を揺さぶった。
誰の代わり――
前世の記憶が走馬灯のように流れる。
救えなかった人。
守れなかった笑顔。
血の色、光、剣――
手が震える。
止められない。
押し込んでも押し込んでも浮かび上がってくる。
ザンはそれを見逃さない。
「……図星か」
刺すような言い方ではない。
ただ、事実を見つめている目。
逃げようと背を向けた時――
「逃げるな」
ザンの声が低く響いた。
「過去の亡霊は、こっちに背中を見せた瞬間に噛みつく」
足が止まる。
「お前、普通になりたいんだろ?
なら――いつかは“向き合わなきゃならないもの”がある」
胸の奥が痛いのに、不思議と嫌な痛みではなかった。
ザンは大きく息を吐いた。
「誤解するな。俺はお前が苦しんでるのを見て喜んでるわけじゃない。
ただ――“強い奴が自分を殺してまで強がる姿”は見ててムカつくんだ」
ムカつく。
その言葉には怒気より、焦燥が混ざっていた。
ザンは続ける。
「俺はお前を嫌ってるわけじゃない。
お前を“特別視してる空気”が嫌いなんだ」
「……それは僕も嫌いだよ」
自分でも驚いた。
喉からするりと出た。本音だった。
ザンの目がわずかに見開かれる。
「僕はみんなと同じでいたい。
守るために戦うのはもううんざりなんだ。
普通に笑って、普通に生きたい」
ザンは小さく笑った。
嘲笑でも勝ち誇った笑いでもない。
「それだよ。俺が最初から聞きたかったのは」
「……え?」
「何を隠してるかじゃない。
どこへ行きたいのかだ」
その言葉は、ザンの本心だった。
僕は息を呑んだまま立ち尽くす。
ザンは踵を返し、歩きながら手だけを振った。
「アドマイヤ。
普通になりたいって言ったからには――
“普通の友人”としてぶつかってやる。覚悟しろ」
それは宣戦布告でもあり――
友情の形でもあった。
思わず笑ってしまう。
「うん。楽しみにしてるよ」
ザンは振り向かず、片手だけを軽く上げた。
その背中を見送りながら、気づいた。
(最初の敵が――最初の仲間になることもあるんだ)
夕陽が消え、教室の灯りがともる。




