第15話
昼休みのテラスでの会話から数日が経った。
セレナとの距離はほんの少し縮まったまま、日々は緩やかに流れていく。
授業、昼、放課後、寮。
騒いだり笑ったり、魔法の練習をしたり。
それだけなのに、胸の奥が満たされていく。
――だからこそ、小さな異変は目につきやすかった。
◆ ◆ ◆
その日の魔法基礎の授業。
僕たちは魔力量の微調整の練習をしていた。
先生が説明し、全員が魔力を掌へ集める。
「魔力の放出量は“呼吸”と合わせると安定しやすい。
深く吸って、一定の速度で吐きながら――」
僕は深く息を吸い、ゆっくり吐きながら魔力を流す。
掌に淡い光が生まれ、揺らぎはほとんどない。
「すご……」
「アルス安定しすぎじゃない?」
「それ初心者の域じゃなくない?」
クラスメイトの声に少し照れながらも嬉しくなる。
そして、隣を見ればセレナも美しく魔力を展開していた。
氷の粒が花のように散り、規則正しく旋回する。
見惚れそうになったその時――
小さく「パチッ」と音が鳴った。
(ん……?)
視線を向けると、ティノの手のひらの魔力が乱れ、暴発寸前の状態になっていた。
「お、おい……これなんかヤバくね……?」
光が飽和し、火花が散る。
ティノは慌てて魔力を引こうとするが、汗が頬を伝う。
(魔力の暴走!?)
先生が気づいて駆け寄ろうとしたが間に合わない。
瞬間、僕の身体は無意識に走り出していた。
「ティノ、力抜け!!呼吸を止めるな!!」
「でも暴れて――!」
「《俺》の言う通りにしろ!!!」
声が反射的に荒くなった。
ティノははっとしたように呼吸を再開する。
(魔力のバランスはまだ崩れてる――)
僕はティノの手を掴む。
「魔力を押し出すんじゃない、“渡す”つもりで!」
ティノが叫ぶ。
「できる気がしねぇ!!!」
「できる!!!お前なら!!!」
次の瞬間、ティノの魔力は剣先から風に流れるように弱まり――
暴走は収まった。
僕は大きく息を吐いた。
ティノはへたり込みながら言った。
「アルス……助かった……。まじで死ぬかと思った……」
「死ぬわけじゃないけど、火傷くらいはしてたね」
そこへ先生が到着し、驚きの声をあげる。
「アルス君……今の魔力制御支援、どうやって……」
(――しまった)
知識も理屈も説明できない。
身体が勝手に動き、前世の経験で助けただけだ。
言葉に詰まる僕に代わって、ヴァイスが口を開く。
「アルスは“感覚派”なんだろう。
魔力の流れを見て、触れて、合わせるタイプ」
先生は納得したように頷いた。
「なるほど……確かに天性で覚える者もいる。
アルス君、危険な時はすぐ呼びなさい。勝手に無茶してはいけないよ」
「……はい、すみません」
叱られたというより心配されただけだ。
でも胸は重かった。
(また“普通じゃない”面を見せてしまった……)
助けただけなのに、不安が胸の奥を満たしていく。
ティノがふらつきながら立ち上がる。
「アルス、ごめん……。でも本当にありがとな」
「謝らなくていいよ。僕が勝手に動いたんだ」
そう答えながら、ふと気づく。
セレナがこちらを見ていた。
鋭いでも驚きでもなく――痛ましそうな目。
(……どうしてそんな目を)
◆ ◆ ◆
授業後の休み時間。
セレナが僕を廊下に連れ出した。
「さっきのこと……言いたくないかもしれないけど」
「怒ってる……?」
「怒ってない。心配してる」
風のない廊下で、制服の裾が揺れもしないのに、なぜか寒気がした。
「アルスはね、危険になると自分のことを後回しにする癖がある。
それは優しさじゃなくて……“傷跡”よ」
胸が強く揺さぶられた。
「無意識のまま戦場の感覚で動いたわ。
あの一瞬の声と目が、全部それを示してた」
セレナはほんの一瞬だけ俯き――僕を真正面から見つめた。
「私は、あなたが傷つくのを見たくない。
強くても、優しくても、そのどちらのせいで傷ついてもほしくない」
僕は何も言えなかった。
守ること・救うことしか考えずに動いたのは図星だったからだ。
そんな僕に、セレナはそっと近づく。
「誰かを助ける時は――あなた自身を犠牲にしないで」
その距離は、触れ合う一歩手前。
伸ばせば繋がりそうな距離。
でも、涙腺に触れそうな優しさだった。
「……ありがとう。気をつけるよ」
ようやく絞り出せた言葉に、セレナは小さく息を吐いた。
「約束して。
自分を傷つける勇気より――自分を守る勇気を持って」
胸の奥が熱く痛くなる。
僕は、ゆっくり頷いた。
「……約束する」
廊下の窓から風が吹き込み、静かな時間が落ちる。
日常が崩れたわけじゃない。
でも、日常に1つ“影”が落ちた。
それは恐怖ではなく――
大切な人のために守るべき境界線を示された影。
そして僕は気づいてしまった。
(セレナが心配してくれるのが、こんなにも嬉しいなんて)
授業の再開の鐘が鳴る。




