第14話
男子会の翌日。
眠気と楽しさの余韻をまとったまま、僕は学園へ向かった。
「アルス〜〜〜〜眠い〜〜〜〜……」
カイルが肩に寄りかかってくる。
「当たり前だよ。あんな時間まで騒いでたんだから」
「でも最高だったよな……?男子友情は永遠……」
隣ではティノもふらふらだ。
「おまえ途中で泣いてたもんな」「泣いてねぇ!汗だ!!!」
くだらないやり取りを続けながら教室に入る。
そこにはすでにセレナが席についていて、本を静かに読んでいた。
(昨日は来なかったな……寮だから当然だけど)
ふと視線が合う。
セレナは本を閉じ、ゆっくり歩み寄ってきた。
「昨日、楽しそうだったわね」
「え……聞こえてた?」
「男子寮の騒ぎ声、女子寮まで響いていたわ」
それは恥ずかしすぎる。
「ま、まぁ……楽しかったよ。本当に」
そう言うと、セレナはわずかに微笑んだ。
表情は控えめなのに、雰囲気だけは確かに温かい。
「……よかった」
その小さな呟きには、安心と――ほんの少しの寂しさが混ざっていた気がする。
◆ ◆ ◆
授業が始まり、午前の講義が続いていく。
だけど、昼休みまでの間セレナはほとんど僕に話しかけなかった。
(いつも通り……のはずなのに)
なぜだろう。
ほんの少しだけ距離を感じた。
◆ ◆ ◆
昼休み。
パンを買うための行列に並んでいると、後ろから軽い声が聞こえた。
「アルス、隣いい?」
セレナだった。
「うん、もちろん」
並ぶ人数が多くて、自然と肩が触れるほどの距離になる。
セレナは珍しく他愛もない話をした。
「今日の新作はハチミツパンみたい。美味しいらしいわ」
「それ、ヴァイス喜ぶよね」
「ええ。彼は甘党だから」
そんなふつうの会話。
それがどうしようもなく嬉しかった。
パンを買い終えたあと、セレナは少し迷うようにして僕に言った。
「……アルス。今日は食堂じゃなくて、外庭のテラスで食べない?」
「うん、いいよ」
ふたりだけで昼食を食べるのは初めてだった。
◆ ◆ ◆
外庭テラス。
噴水の音が遠くに響き、柔らかな風が吹いている。
テーブルの上にはパンとスープ。
沈黙が落ちる。
でも――重くはなかった。
やがてセレナが話し始めた。
「ねぇ、アルス。
昨日、楽しかったって言ってたでしょう?」
「うん。本当に楽しかった」
「……よかった。本当に、そう思ってくれて」
それは聞き慣れた言葉だったが、今日のセレナの表情は違った。
彼女はパンに視線を落とし、小さく呟く。
「それでね……少しだけ、嫉妬したの」
息が止まりそうになった。
「嫉妬……?」
「私は、うまく誰かと笑い合うのが得意じゃない。
友だちを作ったことがほとんどない。
話しかけられると、どう返せばいいかわからなくなるの」
その声は震えていた。
「だから……
あなたがみんなと笑っているのを見て、嬉しかった。
でも……少しだけ、胸が痛くなった」
胸の内側が熱くなる。
「ごめんなさい。面倒な気持ちよね」
「面倒じゃない」
考えるより先に口から出ていた。
「僕はね……友だちと笑うのが好きだけど、
セレナと話す時間も、同じくらい大事なんだ」
セレナの瞳が揺れた。
「優しいのね、アルスは」
「優しいとかじゃないよ。本当の気持ちだから」
静かな時間が流れる。
セレナはふと空を見上げて言った。
「私は、あなたの隣にいたいと思った。
でも、それを言葉にするのは少し怖かった」
「どうして?」
「……こんな気持ち、初めてだから」
テラスに風が吹き抜ける。
遠くで鐘の音が鳴り、昼休みが終わりに近づいていく。
そしてセレナは、勇気を振り絞るように言った。
「アルス。
特別じゃなくていい。
特別扱いじゃなくていい。
でも――」
視線が重なる。
「“友だち”の中の一番になってもいい?」
その問いに、胸の奥が熱くなる。
「うん。……僕もそう思ってる」
セレナの顔がわずかに赤くなり、そっと目をそらした。
ほんの小さな笑みが描かれた横顔が、胸に焼き付く。
昼休みの終わりの鐘が鳴り響く。
「……行こう、アルス」
「うん」
いつも通り横に並んで歩く。
だけど今日の歩調は、昨日までとは違った。
ほんの少しだけ――
心の距離が縮まった。




