第11話
鍛錬場での自由訓練から一夜明けた朝。
学園生活にも、ほんの少し慣れてきた頃だった。
教室へ入ると、何やらざわついた空気が漂っていた。
僕が席に着くと、カイルが妙にニヤついた顔で近寄ってきた。
「アルス、今日ちょっと面白いことがあるぞ」
「面白いこと?」
「転入生だ!しかも 2 人!」
「えっ、もう?」
「色んな事情があって途中参加することも珍しくないらしいぞ。
貴族社会って色々あるんだなぁ……と、庶民の俺は思うのだ!!」
「いやお前も侯爵家の息子だよね?」
「気持ちは庶民!!」
それはどうなんだろうと思いつつ、先生が教室に入ってくる。
「静かに。今日は新たにクラスに加わる生徒を紹介する」
生徒たちが一斉に前を見る。
ほどなくして、扉が開いた。
最初に入ってきたのは――
鮮やかな赤髪に琥珀色の瞳を持つ、笑顔の朗らかな少年。
「はじめまして! ティノ・アールフェルトです! よろしく!!」
眩しいほどの元気さで、勢いよく礼をする。
(……明るい。カイルとは別ベクトルの元気さだ)
「ティノは“魔法剣”の名門・アールフェルト辺境伯家の次男だ。
剣と魔法の融合技術に秀でている」
先生が補足すると、どよめきが起きた。
「魔法剣!?カッコよすぎ!」
「戦闘特化じゃないか……!」
「訓練で暴れたら絶対頼もしいタイプ!」
ティノは照れくさそうに頭をかく。
「えへへ、みんなよろしくな!」
その爽やかさに教室の空気が一気に明るくなる。
だが次の瞬間――
「立て続けになるが、もう一人いる。入れ」
もう一人の転入生が入ってきた。
深い藍色の髪。眠たげな紫の瞳。
肩まで長い髪が軽く揺れ、細い体を無造作な制服が包んでいる。
「……ヴァイス・ミストレイ。よろしく」
淡々と、感情を感じさせない声。
先生が淡々と紹介を続ける。
「ヴァイスは『特級魔導士ミストレイ公爵家』の三男だ。
魔導理論分野の天才であり、先日の入学試験の代理筆記で“前代未聞の満点”を記録した」
「ま……魔導理論の天才……!?」
「満点ってありえるの……?」
「教える側より賢いタイプじゃん……!」
どよめきはティノの時とは全く違う種類のものだった。
しかしヴァイス本人は周囲の反応に無関心のようだった。
ただ静かに教室の中を見渡す――
と、その視線が僕の方に止まった。
(え?)
数秒間、表情の変化のないまま僕を凝視し……
次にセレナへ視線を移し――
そのまま無言で席についた。
(な、なんだ今の……?)
戸惑っていると、授業が始まり、話は一旦区切られた。
◆ ◆ ◆
休み時間。
「よっ!さっそく声かけにきたぞ!!」
ティノが笑顔で僕の席にやってきた。
「アルスだよな!昨日の自由訓練、すごかったって聞いたぞ!」
「いや、全然すごくないよ……転んだだけだよ」
「転びながらでも強かったってことだろ!!そういうの嫌いじゃない!」
ティノは、勢いと元気の塊みたいな人物だった。
初めて会ったのに、まるで昔から仲が良かったみたいに距離感が近い。
カイルが対抗心を燃やしたように割り込む。
「おいティノ! アルスは俺の親友だぞ!!」
「じゃあ俺はライバル親友だ!!」
「ライバル親友ってなんだよ!」
ふたりともテンションが高すぎて、思わず笑ってしまう。
そのとき、セレナが静かに近づいてきた。
「騒がしいのは嫌いじゃないけど、耳元で大声出すのはやめてほしいわ」
「うっ……気をつけます!!」
ティノが全力で姿勢を正し、セレナはふっと表情を緩ませる。
良い空気になりかけたが――
そこへ、もうひとりの転入生ヴァイスが近づいてきた。
周囲の空気が一瞬張りつめる。
「……アルス」
僕は驚く。ほとんど話していないのに、名前を呼ばれた。
「君、魔力制御……“基礎”の癖が前世レベルだ」
「っ……!?」
前世。
その単語に頭が一瞬真っ白になった。
ヴァイスは続ける。
「この学園の誰も気づいてないけど。
それだけ“洗練された感覚”を持っている。
普通は経験を積んでようやく獲得する領域」
セレナが身構えたように一歩踏み出す。
「ヴァイス。何が言いたいの?」
ヴァイスはセレナの方も一瞥し、淡々と告げる。
「――興味がある。
アルスの魔力の“深層”に」
言い終わった瞬間、背中がぞくりと震えた。
ヴァイスは敵意は見えない。
けれど感情の読めない目は、獲物を見るようでもあり、研究対象を見るようでもあった。
「別に悪意はない。ただ――あれほど綺麗な魔力の流れは“普通じゃない”。
何者なのか、知りたくなるだろう?」
その言葉に、僕は返せない。
セレナが静かに言う。
「知りたい気持ちと、踏み込んでいい境界は別よ」
ヴァイスはわずかにまばたきをして――
「……それは、そうかも」
それだけ言って、席に戻っていった。
残された空気には、緊張と興味が入り混じっていた。
カイルがぽつりと呟く。
「ヴァイス……悪いやつじゃなさそうなんだけど、ちょっと怖いな」
ティノは笑って肩を叩いた。
「怖くても面白いなら大歓迎だろ!
いいじゃんいいじゃん!賑やかになるの最高!!」
その豪快さにまた笑いが生まれ、緊張が解けていく。
だけど胸の奥には、別の感情が残っていた。
(ヴァイス……僕の“深層”に気づいてる……?
もし本当にそうなら――)
自由な日常が、少しずつ変わっていく予感がした。
◆ ◆ ◆
放課後。
帰り支度をしながら、ふと後ろを見るとセレナがこちらを見ていた。
「……怖かった?」
僕は少しだけ笑った。
「少しだけ。でも、嫌じゃなかったよ。
僕を知ろうとしてくれるのは、怖いけど――嬉しくもある」
セレナは静かに目を伏せて言った。
「“全員”に知られる必要はないわ。
だけど“知ってくれていい人”は、必ずいる」
その言葉は胸の奥にすっと染みるようで――
怖さよりも安心が勝った。
新しい人間関係が始まった日。
賑やかで、騒がしくて、ちょっと不安で――でも温かい。
こういう変化なら、悪くない。




