第10話
放課後。
鍛錬場へ向かう途中、僕たちは校舎裏の大階段を下りながら、少し浮き立った気持ちだった。
青空の下、広大な訓練場に生徒が集まっている。
木剣、魔導訓練球、着脱式の簡易防具――すべてが並び、どことなく冒険の準備のような雰囲気。
カイルはテンションが爆発寸前だ。
「来たぁ!!今日という日は俺が伝説になる記念日だぁ!!!」
「まずは落ち着こうか、伝説の前に」
「落ち着いたら伝説生まれないだろ!!!」
周囲からクスクスと笑いが漏れ、場の空気が柔らかくなる。
セレナはいつもの無表情……に見えるが、どこか楽しみにしているような気配も感じられた。
ほんの少しだけ歩幅が早いのがその証拠。
訓練指導役の先生が集まった生徒たちに声を張った。
「今日は“自由参加の基礎訓練”だ!
実力差は関係ないから気楽に参加しろ!
対戦形式でも、個人練習でも構わない!」
そう言うと、生徒たちはそれぞれ思い思いの場所へ散っていく。
「俺は対戦希望!!だれか勝負しろー!!」
カイルが叫ぶと――
「……わ、私、やってみる!」
クラスの女子が勇気を振り絞って手を挙げた。
「おおっ?!マジか!よろしくお願いします!!」
防具をつけて木剣を構え、いざ勝負!
……のはずが。
「い、行きます……!!」
「こい!!俺は受け止め――」
「きゃっ!」
勢いよく踏み込んだ女子が足を滑らせて転び――
カイルの顔面に木剣の柄がクリティカルヒットした。
「ぶぼぁっっ!!!!?」
訓練場が爆笑に包まれる。
カイルは鼻を押さえながら立ち上がり、涙目で親指を立てた。
「…………ナイス一撃…………!」
女子は必死に謝り、周囲は笑いと声援で溢れた。
(こういうのも悪くないな……)
僕の胸は自然と温かくなっていた。
◆ ◆ ◆
次は魔導訓練。
小さな魔導球を使い、的に光弾を当てる練習だ。
「魔力を溜めて――狙って――撃つ!」
先生のお手本通りやればいいだけなのだが……
「ふんぬぬぬぬぬぬ!!!!!」
カイルはやっぱり叫びながら光弾を撃つしかなかった。
「改善しようという意志はどこへ行ったの……」
「叫ばないと撃てない才能って何……?」
クラス全体で笑いながらの練習になる。
僕も魔力を指先に集中させて、試しに撃ってみた。
――シュッ
放った光弾は、ほとんど力みなく、まるで吸い寄せられるように的の中心に当たった。
「すご……」
「昨日の光球もそうだったけど、制御力めちゃくちゃ高いよね……!」
褒められるたび少し照れる。
でも――嬉しい。
すると、セレナも一歩前に出て魔力を放った。
淡い蒼い光弾が放たれ――
3つの的を一気に串刺しにした。
「やりすぎですわ……!?」
「それ当てるって次元じゃなくない!?」
「チート……?」
セレナは淡々と答える。
「これでも抑えたのだけど」
凄まじい実力差に絶句する生徒たち。
けれど、畏怖ではなく「すげぇ……!」という尊敬が広がるのがわかる。
僕は彼女の凄さを目の当たりにして、ふと心の奥が軽く痛んだ。
(僕は……どうかな。
本当に、隣に並べるほど強くなれるんだろうか)
胸の底に沈みかけたその感情に――
「アルス」
静かな声が届いた。
「あなたはあなたのリズムでいいの。焦らないで」
驚いて振り返ると、セレナはほんのわずかに微笑んでいた。
(……どうしてこんな時に、ちょうど欲しい言葉を言えるんだろう)
胸が温かくなり、視線をそらさずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
訓練の最後は、簡易実戦形式。
名前を呼ばれたペア同士が木剣で軽く打ち合う勝負だ。
「第1試合! アルス・アドマイヤ 対 レオ・ハートウェル!」
相手は大柄で社交的なクラスメイト。
笑顔で手を差し出してくる。
「よろしく、アルス! 軽くね、軽く!」
「うん、軽く行こう」
互いに防具をつけて構える。
(勝ち負けじゃなく、楽しむつもりでやればいい)
そう思った瞬間だった。
僕の身体が前に出て――
迷いなくレオの動きを視界に捉え――
打ち込みの角度と重心を一瞬で計算していて――
(――違う)
前世の「オレ」が勝手に身体を動かそうとしていた。
刹那、頭の奥で冷たい声が響きかける。
『殺せ』
ぞくり、と背中が凍りつく。
(ダメだ、違う! これは勝負であって――)
「アルス!気を付けろ、踏み込みすぎ!」
レオの声が意識の境目に飛び込んできて、身体が止まった。
その拍子に僕は足を滑らせ――
「わっ!」
転びそうになった僕を、レオが咄嗟に支える形で抱えた。
「大丈夫か!! 無理しすぎんなよ!」
「う、うん!ありがとう!」
観客席は爆笑またはざわざわ。
「なんだ今の!!」
「抱き合ってんじゃねーか!!」
「ずるい!!レオとハグずるい!!!!」
訓練場が笑いの渦に包まれ、レオは頭をかきながら照れ笑いした。
「勝負は俺の勝ちでいいよな? なんか俺が助けただけだし!」
「うん、その通りだと思う……!」
笑いで終わった勝負。
でも胸の中では、別の意味を持っていた。
(危なかった……。今、“オレ”に引っ張られていた)
意識が戻ったあと、視線を感じる。
セレナがこちらをじっと見ていた。
心配とも警戒ともつかない表情で。
でも――
僕から目をそらすと、ふっと柔らかい笑みに変わった。
(大丈夫。まだ大丈夫)
そう伝えてくれているようだった。
◆ ◆ ◆
訓練が終わり、カイルは満身創痍で倒れ込みながら宣言した。
「今日が俺の全盛期だった……!!」
「早すぎだよ……まだ1年生にもなってないよ……」
クラス全員で笑いながら帰り支度。
夜の学園は涼しい風が吹き、笑い声が響く。
特別な事件なんてなくていい。
今日みたいな一日がずっと続けばいい。
みんなで並んで歩きながら、僕は心の中で静かに思った。
(普通になりたい――その願い、本当に叶うかもしれない)
けれど胸の奥では、別の声も小さく残っていた。
『愛を求めるな……』
その声はまだ弱い。
でも、完全には消えていない。
それでも――
僕は仲間たちの笑い声の方を信じた。




