不志木奈子は不思議な子である
僕の隣の席の不志木さんは不思議な女の子である。
例えば、この前の数学の授業中。
ガタガタと横から物音がするので、うるさいなぁと思って隣の席を見た。消しカスを集めて練り消しでも作っているのかなぁ、なんて考えていたが、目に入ってきたのはカマキリだった。
「ゔぇっ…!?」
「おい、うるさいぞ!中谷!廊下にでも立つか!?」
「す、すいません!」
つい、びっくりして大声を上げてしまった…。いやでも普通、隣の席を見てカマキリがいたらビビるだろ。だって、カマキリだぞ?『おう、なつだぜ!』なんて言い出したらどうすんだよ。授業妨害だよ。
いかん、いかん思考がおかしな方向に行っている。しっかり授業に集中しなければ!っていうか、不志木さんは机にカマキリがいて集中出来ているのか?
そう思ってもう一度隣の席を横目に見ると、そこにはクワガタがいた。
「………っ!」
あっぶねぇ!今度は抑えたぞ…、ていうかなんか増えてんだけど?なんで増えてんの?クワガタだよ?指挟まれたら痛いよ?昆虫ゼリーいる?
流石に不志木さんがどんな顔になっているのか気になったので、不志木さんの方を見ると、不志木さんはノートの切れ端で相撲の土俵を作っていた。
いや何やってんだ!!!!授業に集中するどころか、カマキリ対クワガタに夢中になってんだけどこの人!っていうか、トントン相撲用の土俵にカマキリとクワガタは乗れるの?
僕が戦々恐々としながら行く末を見ていると、遂に土俵が完成した。
「ん……」
不志木さんはまず、教科書でブラインドを作ると、見えなくなった中央に紙の土俵を置いた。その後、土俵の中央に昆虫ゼリーを置き、カマキリとクワガタを土俵の両サイドに置いた。
なんでこの人ナチュラルにカバンから昆虫ゼリーを取り出してるの?自分で食うために持ってきたの?非常食?っていうか不志木さん、普通に虫掴めるんだ。僕より男の子じゃないか?この人。
なんて考えていると、ついにクワガタが動き出した。クワガタはまず、昆虫ゼリーまで真っ直ぐに歩いていくと、一足先にゼリーを食べ始めた。
それに対して、いつまで経ってもカマキリはゼリーを食べようとしない。それどころか、カマキリはクワガタを狙って鎌を振り下ろした。
なんでだ……なんでカマキリはゼリーが目の前にあるのに食べようとしなかったんだ…。不思議に思って、先生に隠れて机の中で調べてみると、どうやらカマキリは動いているものしか餌として認識しないらしい。
なんということだ……!これは昆虫ゼリーを奪い合う戦いだったんじゃない………、隙を見せた相手を狩るデスゲームだったんだ……!不志木さん……なんて恐ろしいことを考えるんだ……!
そう思って不志木さんの顔を戦慄しながら見ると、不志木さんは頭にはてなを飛ばしていた。
いや知らんかったんかい!!!じゃあ何ですか?僕が勝手に痛い妄想でデスゲームだと勘違いしたってことですか?なにそれ恥ずかしい、高校2年生にもなって厨二病とか痛すぎるでしょ。
僕がノートに顔を埋めて、顔の熱を冷ましていると、横から不志木さんの驚く声が聞こえた。
「不志木どうした?トイレか?あ、今はこれもセクハラにあたんのか」
そうやって先生が危ない発言を飛ばすと、不志木さんは
「いえ、虫が飛んできて驚いただけです」
と答えた。
「おう、そうか。次からは気をつけろよ」
それに、先生は軽く注意だけして、授業に戻った。おい、くそ教師お前僕に対してはさっきもっと態度酷く無かったか??これが男女差別か……。
僕が世間の問題をしみじみと感じていると、さっきの不志木さんの驚いた声を思い出した。
そういえば、一体何があって彼女はあんな声を出したのだろうか?もしやクワガタがカマキリに食い尽くされたのか…と思って、隣の机を横目で見ると、そこにはヘラクレスオオカブトがいた。
「いやなんでだよ!!!」
「中谷!うるせぇぞ!!」
「はっ!す、すいません!スズメバチが顔の前を通ったもんで!」
「そんな言い訳通じると思ってんのか!スズメバチぐらいどうにかしろ!男だろ!このあと職員室に来い!」
なんでだよ!理不尽だろ!スズメバチが目の前通ったらビビるのは男女共通だろうが!通ってないけど…。っていうか、なんでヘラクレスオオカブトがこんなとこにいんだよ。誰が逃がしたの?生態系を破壊にするために逃がしたの?新たな日本侵略の道筋なの?
恨めしそうに隣の机を見ると、そこにはヘラクレスオオカブトに負けたカマキリとクワガタがひっくり返っていた。それを見る不志木さんの顔はニヤニヤとしている。
なんだこいつサイコパスか…?戦隊物でレッドとブルーのどっちが好きか聞いてるのに敵の名前を言いだすタイプか?1対1の真剣勝負かと思ったら第三者が漁夫の利でもなんでもなく、真正面から2体ともぶっ飛ばして勝ちを拾っていったことにご満悦なんだけど…。
僕が引いた目で彼女を見ていると、彼女と目が合ってしまった。
しまった!見ていたことがばれた!このままじゃ目撃者として始末されてしまう!
僕がどんな言い訳をしようと考えていると、不志木さんの方から僕に小声で話しかけてきた。
「ねぇ、中谷くん?だっけ。君はどっちが勝つと思ってた?」
「えっ……」
えっ、これ選択を間違えたら即死刑とかありますか?ここから入れる保険とかないですかねぇ?
「えっと……カマキリかな」
僕がそう言うと、彼女は理由を聞いてきた。
「カマキリが先にしかけたから……かな?」
僕がそう言うと、彼女は納得したように頷いた。
「あぁ、わかる!私も最初はそう思ったの。でもね、やっぱり勝つのはヘラクレスオオカブトだよ。だってカブトムシだもん。強いに決まってるよ」
「いや、選択肢外やんけ!」
僕がそう小声で突っ込むと、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「えっ?だって最初からカマキリ対ヘラクレスオオカブトだったでしょ?」
「いやいや最初はカマキリ対クワガタだったでしょ!」
僕がそう言うと、彼女は合点がいったように手をぽんと叩いた。
「あぁ!あのクワガタは最初から餌だよ」
「餌ぁ!?」
僕がそう聞き返すと、彼女は頷いて言う。
「そうだよ、クワガタは餌。カマキリの餌がクワガタで、ヘラクレスオオカブトの餌がゼリーだったの。だから最初からクワガタは選択肢に入ってなかったんだよ」
僕はそれを聞いて思った。
いやカマキリ不利過ぎないか……?なんでヘラクレスオオカブトはゼリーで、カマキリは生きてる餌なの?戦う前から労力を使う羽目になったカマキリが可哀想だろ。
っていうか………
「まずヘラクレスオオカブトは最初からいなかったでしょ!」
僕がそう言うと、不志木さんはフッフッフッと笑う。
「いやそれが最初からいたのです。そう、私の袖の中にね!」
「いやルール違反でしょ!」
なんで不意打ち前提のとこに隠れてんだ!っていうか不志木さん袖の中にあんなデカいカブトムシ入れてたの!?バケモンだろ……やっぱこの人……。
「ってことで、不正解だった中谷くんにはこのカマキリをプレゼント」
そう言って彼女は俺のノートの上にカマキリを置いてくる。
「いや、要らない!」
「敗北者には拒否権はありませーん」
「敗北者って、まず戦ってないでしょうが!」
僕がそう言っても、彼女は聞く耳を持たなかった。
結局残ったのはノートの上で鎌をワキワキさせているカマキリだけだった。
「はぁ…………」
そう僕がため息をついていると、何故が周りが静かになっていることに気付いた。嫌な予感がして、錆びついたような動きで顔を上げると、そこには先生が俺の席の前に立っていた。
「中谷ぃ、授業中にカマキリと遊ぶなんて楽しそうだなぁ?」
「え、いや、あの、その。あっ!不志木さんもクワガタとヘラクレスオオカブトで遊んでました!」
僕が彼女の机を指を指すと、そこにはノートと教科書しか無かった。
「で、そのクワガタとヘラクレスオオカブトとやらはどこにいるんだ?」
「え、いや、さっき、そこに………」
僕は彼女の机を指すが、そこにはもちろん何もいない。冷や汗を滝のように額から流す僕。
「授業中にカマキリと遊ぶどころか、人にも罪を着せようとするとは何事か!!反省文10枚まとめて書いて職員室に来い!!」
「そんなぁぁぁぁあ!!」
僕の必死の抗議も虚しく、結局僕はこのあと先生にこってりと絞られるのであった。
────────────────────────
「ふぅ、危ない危ない。授業中に遊ぶのも程々にしないとね」
一方、不志木さんはというと、両袖に隠したクワガタとヘラクレスオオカブトを虫かごに戻して、一息ついていた。
「でも、あそこでスズメバチが飛んでくるのは想定外だったわ」
いや、あんたの方に来てたんかい。




