正義の名のもとに
バタン
冷蔵庫を閉める音だ。しかし、必要以上に大きい音であったため、冷蔵庫の前に立つ人物を見た。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
何か聞こえてくるけど、言葉になってない。あと、結構怖い。
放って置く訳にもいかないので、我が家の姉に声をかける。
「どうしたん?」
声は聞こえてるだろうに、こっちを見向きもしない。
なるほど、なるほど。放って置いたらいいのかと考えを改めようとした。けれど、改めてはいけなかったらしい。当事者だからだ。
「冷蔵庫の中にデザートがあったでしょ?」
ギクッ。
実際には、体と思考が止まっただけだろうに、不必要な擬態音が聞こえた。
「楽しみに、してたんだけど?」
幽霊やら幽鬼へのジョブチェンジを勧めたくなるほど、その目は狂気に満ちていた。
「い、いや、それは母さんが・・・・姉ちゃんを、その」
自分でも何を言ってるのか分からない。まるで、母さんが姉ちゃんを食べたように聞こえるじゃないか。
「そう・・・・母さんがいいって言ったの・・・」
必死の弁解は一応聞き入れてくれたらしい。嫌な汗がとめどなく流れてく。雰囲気は和らいだように思えたが、目が変わってない。
「食べた事にはかわりないよね」
フフッ。怪しい笑みとともに声をかけられる。
「さあ、おとなしく財布を渡しなさい。抵抗しない方が、痛い思いはしなくてすむから」
「い、嫌だ!!値段分は払うから金額をいってください!!」
「ダメダメ。世の中慰謝料ってもんがあんのよ。きっちり払ってもらうから。さあ、おとなしく渡せ!!」
いつの間に目の前にいたのか。叫びと同時に上段を狙う蹴りが放たれる。
「ーーーーっ」
顔の横を通り過ぎる。相当、危なかった。この凶暴な姉は蹴りが異様にはやい。このままでは、心身ともにKO負けしてしまう。
次はまわし蹴り。わき腹を狙うその蹴りを腕を出してガードする。
とにかく母さんがくるまで持ちこたえるか、何か打開策を考えないと。非がこちらにあるとしても、あまりにも残酷な仕打ちを受けてしまう。
腹をまっすぐに狙う蹴り。同じく腕によりガードする。威力自体は弱かった。そう思った瞬間、足を思いっきり蹴られた。
ガッ
痛い。ああ、慰謝料もらうのはこっちじゃないのかな。
「正義は我にありってね。しばらく動けないんじゃない?」
その通りです。姉ちゃんから逃げるのは無理だと思います。
「金額言ってくれたら渡すからっ。どうかお見逃しください!!」
一拍。
「へぇー。そーーーんなに今日は財布が重いんだ」
あの笑みを満たしているのは狂気か狂喜か。どちらにせよ、運命は残酷だ。
「分かったなら開放してくれよ。いくら悪いのがこっちだからって、やっていいことと悪いことがあると思います!!」
ううっ。
非難しているつもりが意見しているような口調になってしまった。絶体絶命だ。
間違いなく向こうが悪なのに・・・それを正す人物が不足している。
・・・
そう、今じゃこっちが被害者なんだ。
「弱いものいじめなんか意味ないだろ?弱者だから搾取するのは間違ってるって」
「まあね。あまりいい事じゃないとは思う」
あまりじゃないだろっ。心の中で叫ぶにとどめておく。しかし、少しは譲歩してくれるかもしれない。
「暴力で人を脅すなんて正義なはずがない!!」
さあ、少しは良心が残っているといいのだけど。
「んーーー。これじゃ、こっちが悪者みたいだもんね」
よしっ。
「けど、正義なんて人によって違って当然じゃない。だから、今はあたしが正義」
満面の笑みとともに最後の蹴りが放たれる。
それを見ながら思った。
世の中って理不尽だ。
数分後、床に倒れ伏しているのを見て、母さんは「あら」と首を傾げていた。