ダリアの幻影との邂逅
海図なき海の中心――そこは、風も星も沈黙する場所だった。
船団が進むたび、波は記憶のように揺れ、空は夢のように歪んでいた。
グラナータは、船首に立っていた。
その瞳は、遠くの水平線ではなく、心の奥底を見つめていた。
彼の胸には、星の歌が微かに響いていた。
それは、兎子が口ずさんだ旋律。
それは、かつてダリアが夜の海で歌っていた歌。
「灯をともす者は、忘れない者ではない。
選び続ける者なのよ。」
その声が、風に乗って届いたとき、
グラナータは振り返った。
そこに、彼女がいた。
ダリアは、かつてと同じように、静かに微笑んでいた。
その瞳は、星のように澄んでいて、
その髪は、風のように揺れていた。
彼は言葉を失った。
ただ、歩み寄ることもできず、
その場に立ち尽くした。
「あなたは、まだ灯を持っている?」
彼女の声は、波のように優しく、
でも、問いかけるように鋭かった。
「わたしは……」
グラナータは言葉を探した。
「わたしは、あなたを守れなかった。」
ダリアは首を振った。
「守ることが目的だったの?
わたしは、あなたと共に航海したかっただけ。」
彼は、胸の奥に沈めていた記憶が、
波のように押し寄せるのを感じた。
夜の海で、星図を描く彼女の姿。
風を読む彼女の指先。
灯をともして、仲間に歌を届ける声。
「あなたは、わたしを忘れていない。
でも、それだけじゃ足りないの。」
「灯は、記憶じゃない。
それは、今を選ぶ意志。
未来を照らす、あなた自身の光。」
グラナータは、初めて涙を流した。
それは、喪失の涙ではなく、
再生のための涙だった。
「ダリア……」
彼は、彼女の名を呼んだ。
それは、風に乗って、海に溶けていった。
彼女は微笑んだ。
「わたしは、あなたの中にいる。
星の歌に、風の声に、灯の記憶に。」
そして、彼女はゆっくりと、波に溶けていった。
その姿は、星の粒となって空へ昇り、
船団の灯に、静かに寄り添った。
グラナータは、船首に立ち直った。
その瞳は、今度こそ、未来を見つめていた。
「灯をともそう。
この海が何を奪おうとも、
我々は、記憶を灯す者だ。」
その言葉に、星の歌が応えた。
兎子が歌い、シルバーフォックスが風を読む。
船団は、再び進み始めた。
“灯の誓い”へと向かって――