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第三章「潮の誓い」──酒場にて、声が交差する
港町の片隅、潮風に吹かれた石畳の先。
木造の扉が軋む音と、低く響く笑い声。
そこは、“灯の舌”酒場──
航海者たちが記憶を語り、沈黙を酌み交わす場所。
グラナータは、風の記憶を胸に、
その扉を押し開ける。
中には、まだ名も知らぬ者たち。
目の奥に潮の色を宿した者。
指先に震えを隠した者。
ヴィオーラの声は、酒場の隅で微かに響く。
「この場所には、まだ語られていない声がある」
グラナータは、カウンターに腰を下ろし、
一杯の琥珀色に沈黙を溶かす。
そして、誰かが話しかける。
「あんた、風を連れてきたな」
「あんたの沈黙は、海の匂いがする」
それは、出会いの始まり。
酒場の奥で、古びた地図が広げられる。
「この航路は、誰も通ったことがない」
「でも、風がそこを指している」
グラナータは、静かに頷く。
「なら、誓いはここで交わそう。
潮の上じゃなく、声の中で。」
それが、潮の誓い──
酒場で交わされた、声と声の契約。
そして、物語が動き出す。