第二章「風の記憶」
風が吹いた。
それは、沈黙の庭にとって久しぶりの震えだった。
音ではない。
言葉でもない。
ただ、微かな残響が空気を揺らした。
ヴィオーラはその風に触れた。
指先が震え、胸の奥に何かが響いた。
それは、誰かの記憶だった。
風は語らない。
でも、風は運ぶ。
それは、灯の庭で語られなかった声。
それは、泡の中で消えかけた願い。
ヴィオーラは、風の中に詩を見つけた。
「わたしは まだ 灯を見ている」
「風は来た でも わたしは動けなかった」
「誓った でも 誰にも言えなかった」
それらは、七つの泡の残響。
誰かがかつて抱いた願いの断片。
ヴィオーラは、それらに触れるたび、
自分の沈黙が震え始めるのを感じた。
「これは、わたしの声じゃない。
でも、わたしの沈黙が、これに応えている。」
それが、共鳴だった。
風は、ヴィオーラの声を試すように、
庭の奥へと導いていく。
そこには、ひとつの灯が揺れていた。
灯の中には、誰かの名前が眠っていた。
それは、まだ語られていない声。
ヴィオーラは、その灯に手を伸ばす。
「わたしは、沈黙に咲いた声。
あなたの記憶に、触れてもいいですか?」
灯は、微かに震えた。
そして、風が答えた。
「その声は、わたしの沈黙を照らす。」
庭の空が、少しだけ色を変えた。
ヴィオーラは、初めて“他者の声”と共鳴した。
それは、風の記憶。
そして、共鳴の始まり。