5. クリティカルヒット
写真部でまた高倉くんと話す機会ができて、ちょっとうれしい。そんなふうに日々が穏やかに過ぎていたある日、思いがけないことが起きた。
それはバスケの授業だった。準備体操を終えたあとは、ペアになってのパス練習。テンポよくボールを投げ合い、シュート練習に移った。生徒たちが順にゴールを狙う中、やがて私の番もやってきた。
息を整え、思い切ってシュート!――けれどボールはネットをかすめて外れ、後ろの壁にぶつかった。
まあそんな日もあるかと苦笑いし、ボールを拾って列の後ろへ戻ろうとした。その時だった。不意に背後から別のボールが飛んできて、後頭部にガツンと激痛が走った。
痛みをこらえて振り返ると、早乙女さんが足を抱えてうずくまっている。そういえば、早乙女さんはあまり球技は得意じゃなかったな。ボールをシュートしたつもりが、軌道が大きくそれて、私の後頭部に直撃したのだろう。しかも彼女自身、着地の時に足をひねったようだ。周りに"取り巻き男子たち"が集結している。
この取り巻きたち、誰が初めに言い出したのか、"早乙女騎士団"と茶化されている。いつも彼女に群がって、何かあるとその身を盾に全力で擁護するから。
すると、早乙女さんが泣き出した。
「いたい、いたいよう。陽菜の足、絶対折れてる。」
体育館の中が騒然とした。
いやいやいやいや、私だって頭が痛いし。早乙女まず謝れよ。でも誰一人私の心配をしてくれない。なんだか私は誰の眼にも映らない透明人間みたいだ。
そのまま早乙女さんは『騎士団』男子に担がれ、保健室に運ばれていった。
「――そめやん、大丈夫か?」
真っ先に話しかけてくれたのは、高倉くんだった。
「多分、大丈夫だけど、一応保健室行って、ぶつけたところを冷やしたいかな。」
「山田先生、染谷さんが頭にボールをぶつけられたみたいなので、保健室に連れていきます。」
高倉くんが手を挙げて、大きな声を出す。
「――そめやん、大丈夫?歩ける?」
振り返った顔と低い声が優しくて、少しほっとした。
「歩くのは問題ないと思う。後ろから突然ボールが飛んできたから、うまく受け身が取れなくて。ちょっとクラっとしたの。」
高倉くんは、保健室まで付き添ってくれて、保健室では大事をとってベッドに案内された。早乙女さんはまだ泣きわめいている。その様子に養護教諭の先生も少し呆れているようだった。
「ありがとね、高倉くん。まず私の心配してくれて。」
「アイツら、全員おかしいやろ。どう考えても被害者はそめやんや。」
他の誰でもない、高倉くんが私のために怒ってくれている。それが、私の中でとってもうれしかった。
放課後は楽しみにしていた部活動も休んで、直接家に帰った。一応頭のこともあるし、ベッドに寝転がっていると、玄関の方からママの声がした。
「あかねー、今日は遅くなってごめんね!若い子の指導に力が入っちゃって。」
一階に降りると、ママが商店街で買った半額の総菜をテーブルに並べていた。
美容師をしているママは、商店街に自分の店を持っている。いかにも下町って雰囲気で、和気あいあいとした商店街だ。ママが店を持っているおかげで、私も小さい頃から商店街の人たちに、顔を覚えてもらっている。道を歩くだけで、みんなから声をかけてもらえるから、少し人気者になったみたいでちょっとうれしいんだ。
実は、パパは二年前から北海道に単身赴任中だ。この家を買ってすぐに単身赴任が決まった。ママは「家のローンを背負った社員は会社を辞めないから、あえてそうする会社もあるのよ」なんてボヤいていた。せっかく買った家なのにパパはほとんど住むことができず、北の大地に転勤していった。もちろんママは店があるから、この土地を離れることができなかった。
「ママ今日ね、クラスメイトの早乙女さんにバスケットボールを頭にぶつけられたの。」
「あら大丈夫!?痛くない?」
「今は痛くない。保健室の先生からはとりあえず様子をみて、頭痛が悪化したり、吐き気がしたりしたら、すぐ大きな病院に行くようにって。」
「分かったわ。体調がおかしかったら言ってね。仕事中でも電話してくれて構わないから。」
「ありがとう。電話する。」
「そういえば、早乙女さんって、あのかわいいって評判の子?」
「そうそう。早乙女さんも足を捻ったみたいで、みんなそっちの心配ばっかりするの。」
あの光景を思い出したら、段々頭にきて、ママに愚痴ってしまった。
「思春期の男の子なんてそんなもんよ。でも早乙女さんって、和田くんって子と付き合っているんでしょう?」
「そうなの!他の男にまで媚び売らなくてもいいのにさ。」
ついつい口が悪くなる。
「でも、高倉くんが助けてくれてよかったじゃない?ママは不特定多数の男の子に心配されるより、高倉くん一人に心配されるけどうれしいけどな。」
確かにそれもそうかもしれない。不特定多数の心配より、たった一人がちゃんと見てくれていることの方が、ずっと――ずっと、うれしい。商店街の肉屋のメンチカツを頬張りながら思った。