4. 一瞬を切り取る
運動会が終わって、また静かな日常が戻ってきた。席替えがあって、高倉くんとも席が離れてしまった。席が遠いと同性の友達とは違うから、話す機会もめっきり減ってしまう。高倉くんはクラスの男の子とも打ち解けた様子で、大野くんを含めた数人といつもお笑い談義している。今日はあるお笑いコントのトーナメント決勝戦の順位について、議論が白熱していた。
「どう考えても、帰宅部ラプソディがダントツにおもろかったで。」
「高倉的にはそうなのか。俺は、あの順位は順当だと思うけどなあ。」
黒縁めがねを光らせてお笑いを語る高倉くんは、いつ見ても生き生きしている。
帰宅部ラプソディか。――あとで調べてみよう。彼がおもしろいというお笑いはつい動画投稿サイトで確認してしまう。別に彼が私の中で特別ってわけじゃない。お笑いが好きな大阪の人がおもしろいっていう漫才やコントが一体どういうものなのか、気になるのだ。
放課後は部室に向かった。私は写真部に所属している。もともと運動はそんなに好きじゃないし、実用的で、できれば長く趣味として楽しめるものをやりたいと思って選んだ。紬に誘われて、最後まで吹奏楽部と悩んだけど、吹奏楽はどの楽器を選んでもたくさん練習が必要だ。学校卒業後どのくらい続けられるか、分からないと思ってやめた。
写真部の今の部長は、三年生の渡邊先輩だ。商店街の写真屋さんの息子さんで、私が使っているお手頃なミラーレス一眼とは、比べものにならない本気の機材を使って写真を撮っている。将来はお父さんの跡を、写真屋さんとして、プロカメラマンとして継ぎたいらしく、中学生なのにいろいろなコンテストに応募している。よく入選したとか、しなかったとかで一喜一憂している。
渡邊先輩が部室に入ってきた。あれ?となりの黒縁めがねは――
「今日は、新しい部員を紹介する。大阪から転校してきた高倉律くんだ。みんな仲良くしてあげてくれ。」
「え、高倉くん?!」
高倉くんがこっちをみてにっこり笑った。
「大阪から来ました、2年B組の高倉や。よろしゅうな!」
あれ、たしか高倉くんって、サッカー部じゃなかったっけ?
「高倉くん、サッカー部はどうしたの?!」
「ああ、和田っちゅうやつがウザくてさ、やめてもうたわ。」
ええっ!たしか大阪でもサッカー部に入ってて、結構うまかったって聞いた気がする、足だってあんなに速いのに。やめちゃうなんてもったいない。
「あと、俺写真撮るの好きやねん。構図とかもっと勉強したいんや。」
「確かに。写真ってスマホさえあれば誰でも撮れるけど、こだわり始めるとキリないもんね。」
「そうそう、よろしゅうな。そめやん。」
今日の写真部の活動は、人物撮影。被写体の生徒をいかにきれいに撮れるかを競う。モデルは紬にお願いした。
「写真部に撮ってもらった写真はクオリティが高いから、メッセージアプリのアイコンに使っているの!今日もよろしくお願いします。」
現金な紬は何か自分に得になるようなことがないと、なかなか手伝ってくれない。うちの部活は、渡邊先輩みたいな賞レースガチ勢もいるから、彼女にとっては、セミプロに写真を撮ってもらえるいい機会なのだろう。
――パシャパシャ
カメラを構え、液晶画面をのぞき込みながら、何枚も連写する。集中して写真を撮っていると、高倉くんが、ふと背後から話しかけてきた。
「お、そめやんもマシューつけとるやん。」
ミラーレス一眼のストラップにつけたふわふわでまっしろのうさぎのマスコットを指さす。
「あ!そうなの。自分のカメラだってすぐ分かるように。」
「そういえば、池袋にバニーホップのポップアップストアできたの知っている?」
「知っている、知っている!まだ行けてないんだよね。」
「限定のマスコットも売っているらしいから、はよ行かな。」
「善は急げね。」
雑談はそこそこに、液晶画面をのぞき込みながら、被写体である紬の一瞬一瞬の表情、まなざしを切り取っていく。気がつけば夕方だった。
「そめやん、写真撮るの、ほんま好きやねんな。」
「そうだね。渡邊先輩と違って、下手の横好きだけど。」
「『好き』は気持ちが大事やねん!その気持ち大切にしいや。」
そっか、今まで意識したことなかったけど、これも『好き』なのか。少し大人になった気がした。