9. 鋼のメンタル
その後、後輩の担当時間になって、高倉くんとブースを離れた。
「せっかくやし、俺らもデートしようや。」
「そういえば――楠くんと早乙女さん、あれ完全にデートだったよね。」
「……内緒って言われてんけどな。あの二人、付き合い始めたらしいわ。どこが内緒やねんって話やけど、全然隠す気ないやん。」
「えっ!?知らなかった。いつから?」
「この前、メイクした後にな。楠のほうがずっと前から好きやったみたいやねん。ほんで、付き合ってほしいって言うたんやって。」
「へえ、ちょっと意外。でも……今日も早乙女さんずっと楽しそうだったし。これでよかったのかも。」
「意外なん?俺はふつうにお似合いやと思ったけどな。」
そのあと二人でいろいろな教室を回った。漫画部で冊子をもらって、化学部でスライムを作って、お化け屋敷にも入った。肝試しで私を置いて逃げたビビりな大野くんと違って、高倉くんはとっても頼りになった。暗闇で手をつないでちょっとドキドキした。
「楽しかったね!」
「そろそろ、後夜祭の時間だ。」
後夜祭とは名ばかりで、全体のプログラムが17時までに終わるようになっているから、始まるのも早い。
「あ、大野くんのお笑い?」
「そうそう、エントリーナンバー1やから、最初から行かんとあかんねん。」
「そういえば大野くん、すごく張り切ってたね。」
「めっちゃ空回りしとるけどな~。てかさ、大野兄弟ってコンビ名、ひねりなさすぎやろ。」
――大野兄弟、1年生の弟さんと出るんだっけ。なんかちょっと心配だな。
体育館に着くと、既に結構人が集まっていた。
舞台の幕が上がると、勢いよく大野くんと弟さんが舞台上に出てきた。
「大野兄弟で~す。兄が"ごんべん"に"なる"で誠!」
「弟の、果実の"じつ"で実です!」
「二人合わせて、誠実です。誠心誠意ギャグをお届けします!」
――シーン。
会場に重苦しい沈黙が流れた。そのあとも、全てのオチで滑っていく。観客の誰もが、笑うタイミングを探しているように固まっている。
「ここまで、誰も笑わないなんて……」
「なんか俺まで恥ずかしなってきたわ。この前ネットで見た“共感性羞恥”ってやつかもしれん。」
それでも堂々と舞台に立ち続ける大野くん、逆にすごいかも。
「――どうもあざした~!」
最後の挨拶だけはプロの芸人さんっぽく、すぱっと舞台を捌けていった。結局最後まで誰一人笑わなかった。
「すごいなあいつ、メンタル鋼かよ。あんなん、前座で出たら後ろの芸人泣くで。」
「大野くん、賞レースクラッシャーじゃん。」
案の定、完全に張り詰めた空気の中、舞台に立った次の挑戦者も苦戦していた。結局重苦しい雰囲気がなかなか抜けきらず、お笑いバトルの勝者は最後に舞台に上がった、三年生コンビだった。
お笑いのあとは、何組か有志の軽音の演奏が続く。早乙女さんも舞台に上がっていた。ダンスだけじゃなくて、歌もうまかったのか、早乙女さん。よく見ると早乙女さんのとなりで、楠くんが平然とキーボードを弾いていた。
「え!あれ、楠くん!?キーボード弾けるんだ。」
「そめやんも、知らんかったのか。」
「ほら、楠くん自分のことあんまりしゃべらないじゃん。」
軽音の演奏が終わると、閉会式。文化祭委員が壇上に上がって、関係者に感謝の言葉を述べた。そして、一番得票数が多かった団体を表彰した。2年A組現代版リトルマーメイドは惜しくも最優秀賞は逃したみたい。
――でも今日一日のMVPを送るなら、間違いなく楠くんだ。そう思った。




