7. 吹奏楽の調べと現代のマーメイド
クラスのブース担当が終わった後、高倉くんは、A組の“王子様”楠くんのメイクという一大ミッションへ。一方、私は一人で体育館に向かった。体育館で行われる吹奏楽部の発表を聞きに行くと、紬と約束していたのだ。
体育館の客席について、紬に手を振ると、目くばせをしてくれた。フルート片手に少し緊張した面持ちだ。初めの曲は、人気アニメ映画のメドレーだった。自分でも知っている曲が多くて楽しい。
――ピロピロ~ピ~ピロリ~♪
透明な音が、体育館の天井まで届いた。心地よいフルートの音色が、胸にすうっと染み込んでくる。紬の演奏を聞くのは久しぶりだけど、この夏でぐんと上手くなった気がする。毎日コツコツ練習してた成果だろうな。私まで、なんだか紬のことが誇らしく思えてきた。
そのまま何曲か夢中で聞いた。吹奏楽部の人たちが奏でた音色は、それぞれの音が重なって、ひとつの音楽になる――なんてすごいんだろう。心の中まで、あたたかく満たされていく気がした。
吹奏楽部の演奏が終わると、しばしの休憩タイム。
「おっす、ここ空いてるん?」
高倉くんの低めの声がした。
「空いているよ、高倉くん!メイクお疲れ。」
「たいしたことあらへんって、全然余裕やで。」
高倉くんがとなりの席に座った。この後は、ついにA組の現代版リトルマーメイド。
文化祭のパンフレット曰く、あらすじはこんな感じだ。主役の人魚姫が、ある日海辺で見かけた王子様と恋に落ちる。悪い魔女に人間に変えてもらうけど、人魚姫は声を奪われてしまった。声を失った人魚姫がこの現代社会でどうやって自分らしく生きていくか――そんな、ちょっと今っぽいおとぎ話。
舞台上に現れた楠くんに、「あれ誰?」「かっこいい」と黄色い声援が上がった。よく見ると、客席のど真ん中、一番前に早乙女さんがいた。目を輝かせて、まるで王子様に恋するお姫様みたいに、楠くんのことを見つめている。
それにしても楠くん、さすが自分で脚本書いて、演出もしていただけある。どのセリフ回しも上手。始めから彼が王子様役だったんじゃないかと思うほどのハマり役だった。
「――高倉くんのメイクアップのおかげだね。」
「楠やったら、最初から王子できたと思うで。」
高倉くんは笑いながらそう言うけど、たぶん違う。あの舞台で、楠くんがちゃんと“王子様”になれたのは、自分に自信を持てたからだ。――その自信を、与えたのは間違いなく高倉くんなんだよ。
「でも、自信がついたのは高倉くんのおかげじゃない?」
「そうなんかな?」
「そこは自信持ちなさいよ!」
「ありがとな、そめやん。」
大盛況のうち、舞台の幕は閉じた。声がなくても、スマホもSNSもある現代でどうやって自分の『好き』を伝えるかって部分は、我々の日常にもつながるところがあって感動的だった。あたたかい拍手が胸の奥にまだ残っている。舞台の余韻にひたって、しばらく席を立てずにいた。すると松葉杖の人物がこちらに歩み寄ってきた。――わ、和田くん!?
「おい、高倉。楠の件、ありがとう。A組のみんな喜んでたよ。――それとお前に、前ちょっときついこと言ったよな。女っぽい趣味だとか言って馬鹿にして悪かった。」
「どないしたんや、和田。お前らしくないで。」
「足を怪我して、俺も少し反省したってこと。――お前のことはろくに練習してなさそうなのに、俺よりサッカーうまいから、正直少し嫉妬してた。」
「でも、ええきっかけにはなったわ。俺も、自分にとって何が“好き”なんか分かったし。サッカーは、俺の“好き”とちゃうかったんよな。」
「それなら――サッカー部の連中がお前に秋大会出ろって言っているだろ、あれは気にするな。……フォワードは、1年の迫田がいるし。あいつ、これから伸びると思うんだ。」
「ありがとさん。お前も頑張れよ。」
和田くんって、少し傲慢なところもあるけど、誰よりもサッカーが大好きで、練習だって誰よりもしてた。皮肉にも足を怪我して、自分や周りを少し客観的にみられるようになったのかもしれない。和田くんは少し照れくさそうに笑って、それきり何も言わずに、松葉杖でゆっくりクラスのみんなの方に向かっていった。




