5. 文化祭前日
文化祭前日になって、B組のみんなもようやく重い腰をあげた。泉くんの指示通りに、机と衝立を並べて、各ブースに謎解きの紙を置いていく。
「あかね~、これが謎だって。」
「見せて、見せて!」
まずは、難易度が低い初めの問題……
第一問
この暗号が表している動物は、なんでしょう?
外 左 加 化
→ ↑ ← ←
答え
A. イノシシ
B. トナカイ
ううーん。よく分からない。一番簡単な問題らしいけど。多分下の矢印が何かのヒントなんだろうな。でも、それが何を意味してるのか、さっぱり分からない。
「紬は分かる?」
紬は、首を横に振った。漫画だったら、紬の頭の上に「???」って描いてありそうな表情だ。諦めて次の問題。これはダイイングメッセージだ。
第二問
ある資産家の女性が、ナイフで刺されて殺害されました。床には、血で「あ」という文字だけが書き残されていました。重要参考人は次の二人です。犯人はどちらでしょう?
答え
A. 井上 大 (いのうえ まさる)
B. 山田 一馬 (やまだ かずま)
ん!なるほどそういうことか……!これは一瞬で分かった。一方の紬はわけ分からんって顔をしている。
「これ、五十音順で"い"の上が"あ"だから、井上さんじゃない?」
「ああ、なるほどそういうことか!てか、むずくね?」
紬は謎解きはあまり得意じゃないようだ。
「おーい、そこの二人も手伝って!」
泉くんに呼び止められた。まだ2問残っているけど、一旦お預け。机を運び出すのを手伝った。教室に戻ると、大野くんがなぜかふんぞり返っている。
「俺はこのネタで天下をとる!」
大野くんが鼻高々に宣言した。高倉くんが少し呆れた顔をして見ている。大野くんは後夜祭のお笑いバトルに一個下の弟さんとコンビを組んで出場予定だ。
「……そのネタで?いや、兄弟でコンビ組むんはようあるし、別に悪くはないねんけどな。せやけど、そのネタ、ちょっとパンチ弱いっちゅうか。」
「それはもう、リアクションで乗り切るから!」
お笑いを動画投稿サイトでみるようになったのは最近だけど……リアクションだけで乗り切ろうって発想は、ちょっとダメな気がする。
「……もう、自信持って行くしかあらへん!滑り芸っちゅう芸風もあるしな!」
「滑らない!大爆笑だから!」
滑り芸と言われて、大野くんは少し不服そうだった。
――あ、そうだ。お笑いで思い出した。今年の文化祭に顔を出せないからって、パパが深夜2時の哲学の単独ライブのチケットをお詫びと言ってくれたんだ。パパは『ママと一緒に行きなさい』って言ってたけど、ママはお笑いに興味がないから、あかねの好きな友達と一緒に行っていいよって言ってた。誘うなら間違いなく、高倉くんだ!
午後は、写真部の展示ブースになる家庭科室に向かった。
「パネルはここに置いて、その机はあそこ。」
渡邊先輩が、きびきび動いて指示を出している。楠くんはA組の劇の練習があるのか、まだいなかった。
部員それぞれ、思い思いの写真をそれぞれのパネルに飾っていく。
高倉くんのテーマは、原宿。スナップはどれも生き生きしていて、まるで自分が原宿の町に降り立ったみたい。
「素敵だね!私、高倉くんの写真好き。」
「せやろせやろ、伊達にインフルエンサーやっとらんねん。」
「そうだ高倉くん!パパがね、深夜2時の哲学の単独ライブのチケット取ってくれたんだけど、一緒に行かない?」
「えっ、それ行きたかってん!ホンマに一緒に行ってええん?」
「もちろん!お笑いが分かる人とか行かないと……えへへ。」
照れ隠しに笑ったその時、楠くんが慌ただしく入ってきた。手にはフォトプロップスとガーランドが入った袋。
「渡邊先輩、お疲れ様です!衝立1個、余ってますよね?」
「ああ、余っているぞ。何に使うんだ?」
「今のままだと、来場してくれたお客さんがあまり楽しめないんじゃないかって友達に言われて、来場記念のフォトブースを作ろうかと思って。」
そう言って、チェキを袋から取り出した。
「あ、チェキ!楠先輩、ナイスです!」
後輩の1年女子たちが楠くんをヨイショした。
「じゃあ、その辺で勝手にやってくれ。」
賞レースガチ勢の渡邊先輩は、ちょっとめんどくさそうだった。
「ありがとうございます。」
確かに見る人の立場に立つと、ただ写真を見るだけだとつまらないかもしれない。自分でも撮影できるブースがあれば、みんなもっと気軽に立ち寄ってくれるはずだ。楠くんはさすが!アイディアマンだ。




