3. 運動会
結局『好き』がよく分からないまま、慌ただしい新しい学校生活が過ぎていった。気づけばあっという間にゴールデンウィークも終わり、学校はすっかり運動会ムードだ。みんなで踊るダンスの練習に力が入る。私たちのクラスは流行のK-POPにあわせたフォーメーションダンス。ダンスが苦手な男子も、照れながら練習に付き合ってくれた。早乙女さんはダンス部だけあって、踊りにキレがある。腕の伸ばし方、ステップの軽さ、ターンしたときの髪の揺れ――どれをとっても『見せること』に慣れている。
迎えた運動会当日、私はまず借り物競争に参加した。引いたお題は『めがね』。周りを見渡すと、あの黒縁めがねが目に入った。そうだ、高倉くんに借りよう。
「高倉くん、ごめん。お題がめがねだから、貸してもらってもよい?」
「これ?ええよ。」
「ありがとう!」
めがねを外した高倉くんは、思っていたよりもずっと整った顔立ちだった。長いまつげとぱっちりした目元に、思わず見とれてしまった。
「どしたん?ほら急がんと。」
「あ、ありがとう!」
走ってゴールに向かう。――あの胸の高鳴りは何だったんだろう?
お昼のお弁当は、朝からママが揚げてくれた唐揚げだった。紬とお弁当の具材を交換しながら、紬が言った。
「高倉くん、足が速いよね~。さすがサッカー部。」
黒縁めがねの高倉くんの意外な一面。頭がいいだけじゃなくて、運動もできる。
「今日のリレーもアンカーだよね、本当にすごいな。A組のアンカーは和田くんだっけ?」
「そうなの!私みんなには申し訳ないけど、リレーはA組応援する!」
「え、なんでよ!?紬の裏切り者!」
「和田くんがかっこいいから、仕方ないじゃん。」
"裏切り者"の紬はすまし顔で答えた。
お昼の後はみんなで練習したフォーメーションダンス。早乙女さんは笑顔も完璧で、踊っているだけでみんなの視線をさらっていた。
そして、いよいよお待ちかねクラス対抗リレー。A組とB組が競っている。B組は最後から二番目の走者が後れを取って、A組に引き離されてしまった。A組のアンカー和田くんに先にバトンが渡った。
「きゃ~、そ~ま!」
紬が叫ぶ。颯真って和田くんの下の名前か。紬はまるでアウェー側に席を取ってスポーツ観戦している観客みたいだ。まわりの視線は冷ややかだが、気にせず叫んでいた。そもそも、本命彼女の早乙女さんの前でよくそんな騒げるなと感心してしまう。そして我らがアンカー、高倉くんもバトンを受け取った。
――高倉くんは速い!グングン追い上げて、あっという間に和田くんに並んだ。
「高倉くん!!すごい!!頑張れ~!」
紬に負けじと、私が叫ぶと、高倉くんがこっちにウィンクしてくれた。な、なに今の余裕!?そのまま高倉くんが逃げ切って、ゴールテープを切った。
「1位、2年B組」
「やったーー!高倉、マジすげーよ!」
高倉くんのお笑い友達、大野くんが真っ先に駆け寄った。他のみんなも、興奮して無邪気で喜んだ。
―― ただ和田くんだけは、黙ってゴールを見つめていた。その横顔は、憎しみに歪んでいた。