3. 王子不在の人魚姫
紬は吹奏楽部の追い込みで毎日バタバタしている。文句ばかり言ってるけど、夏休みの間ちゃんと練習してたのは、本当にえらいと思う。彼女の楽器はフルート。高い音だから間違えると目立つもんね。
給食の時間、席が近くなった紬が、こそこそっと話しかけてきた。
「ちょっと聞いた?早乙女さんと和田くん、別れたって。」
「ああそうなんだ。やっぱり。」
「やっぱりってどういうこと?和田くんが怪我して、サッカー部のレギュラー降ろされたからかしら?」
「さすがに、そこまで薄情じゃないでしょ。私、夏祭りで喧嘩してるの見ちゃったのよ。」
「ええっ!なになにその話?何で教えてくんないの?」
「なんか言いそびれてて。夏祭りで、鼻緒ずれして歩けなくなっちゃった早乙女さんのこと、和田くんが『浴衣着てこいなんて、頼んでないだろ。』って怒鳴ってたの。」
「えぇ……。和田くん、そんな人だったんだ……。知らなかった。」
「早乙女さん自身も言ってたじゃん。あの人、身勝手だって。――高倉くんがサッカー部やめたのだって、和田くんのせいだよ。」
つい頭にきてしゃべりすぎてしまった。
「恋は顔かも知れないけど、愛は顔じゃないのね……。」
「私は顔だけで恋に落ちる方がおかしい気がするけど。」
「そういえば和田くん、現代版リトルマーメイドの王子様役も、骨折で降板だって。」
「え?じゃあ、誰がその役やるの?」
「しらな~い。」
夏の間、練習していたのに急にヒーロー役が変わっちゃったら、大変なんじゃない?A組、どうする気なんだろう?
今日も放課後は写真部の展示準備だ。パソコンを使って、写真の色味、鮮やかさ、明るさを調整していく。このひと手間で、だいぶ印象が変わる。高倉くんに意見を聞きながら、写真の明るさを調整している時だった。
――ガラガラ
少し慌ただしく、楠くんと早乙女さんが入ってきた。この前の楽しそうな感じと違って、どこか張り詰めた空気だ。早乙女さんが、私たちを見つけると、さっと近づいてきた。
「――ねえねえ、高倉くんってさ、インフルエンサーのリナちゃんだよね?」
高倉くんとそばにいた私や楠くんにしか、聞こえないくらい小さな声で言った。
「えっ!?」
「陽菜ね、高倉くんが転校してくる前から、リナちゃんのファンだったから、すぐ分かったの。でも学校であのアカウントのことを秘密にしているみたいだし、誰にも言わなかった。だけど今回は、どうしても悠斗を助けてあげたくて、お願いに来たの。」
見ると、となりの楠くんも何やら申し訳なさそうだ。
「実は、和田くんが怪我をして、となりのクラスの劇ね、王子様役がかけてしまって……。セリフもある程度覚えないといけない役だから、代役が見つからなくて。もともと脚本と演出を担当していて、ほとんどのセリフを覚えている悠斗に白羽の矢が立ったの。でもね、悠斗のこと、ちょっと王子様ってイメージじゃないって言う子たちが反対してて、練習が止まっちゃったの。」
「――ああその話か、聞いたで。」
「でね、リナちゃんのそっくりメイクなら、悠斗も『王子様』になれるんじゃないかなと思って!……このままだとA組、演目中止になっちゃうの。悠斗がどれだけ準備してきたか、陽菜ちゃんと見てたから……。どうしても助けてあげたくて。」
楠くんは、そっと陽菜の方を見てうなずいた。その視線はやっぱり申し訳なさそうで、でもどこか、うれしそうにも見えた。
「男のメイクって、正直あんまやったことないねんけど……」
「でも、男性アイドルのメイクの回、バズってたじゃん。ほら、シアンくんの回!」
シアンくんって、韓国のボーイズグループのイ・シアンのことか。あの動画、一見メイクしてるって分からないのに、イ・シアンそっくりになってびっくりしちゃった。でもあれ、だいぶ初期の動画じゃないかな?本当に早乙女さん、高倉くんのSNSよくチェックしているんだな。
「早乙女さん、よう見てんな。」
これには少し高倉くんも驚いた様子だった。そして、楠くんの方をみた。
「楠、顔ちょい貸してみ?」
色々な角度から顔を見て、なんかうんうん言っている。
「ほな、やったるか。」
高倉くんの一言に、早乙女さんの顔がぱっと明るくなった。




