2. パパは業界人
林間学校が終わって今度は休む間もなく、久しぶりに会えるパパを思いながら、北海道旅行に向けて荷造りを始めた。パパが北海道に転勤になってからは、長い休みの時は必ず北海道に遊びに行っている。今回の滞在は5日間だ。東京よりも涼しいといいな。相棒のミラーレス一眼もバッグに詰める。実はこれ去年の誕生日にパパに買ってもらったんだよね。
当日は、ママが羽田空港までついて来てくれた。
「じゃあ、行ってきます。」
「気を付けてね。パパによろしくね。」
パパは月に一度くらい、東京の家に戻ってくる。でも基本はずっと北海道。前回会ったのは、期末テスト前だった。そういえば、志望校の白楓高校はパパの出身高校。だから余計憧れがある。
荷物検査をサクッと済ませ、待合のソファーに腰を掛ける。SNSをチェックすると、高倉くんが活動を再開していた。今回の投稿は、彼の人気企画『そっくりメイク』シリーズの新作。挑戦していたのは、今話題のアイドル、蓮見莉子ちゃんだった。投稿が再開されて本当によかった。動画を全部見てから、イイネを押した。
そうだ!北海道についたら、パパが迎えに来てくれる予定だ。メッセージを送らなきゃ。メッセージアプリを開いた。
『今、羽田。飛行機は時間通りだって。』
『わかった』
すぐに返事が返ってきた。ココの"向かってます!"スタンプを送る。
するともう一通、別のメッセージが来た。――高倉くんだ。
『今回動画どやった?』
『蓮見莉子ちゃんにソックリでびっくりした。ノーズシャドウの使い方が勉強になったから参考にする!』
高倉くんからは、マシューが"ありがとう"とお辞儀をしているスタンプが送られてきた。
飛行機の中ではしばし仮眠をとった。だって昨日はわくわくしすぎて眠れなかったから!飛行機を降りて、出口に向かうとパパがいた。
「パパー!」
「あかね、元気そうだな。少し大人っぽくなったか?」
「わかる~?メイク練習中なんだ。」
電車でパパが借りている札幌のアパートに向かう。パパのアパートは前来たときと変わっていなかった。ソファに飛び込んで、テレビをつけると、東京でも有名な芸人さんが、バラエティー番組で町のお店を紹介していた。
「あかね、これパパが担当してる番組。」
「ええっ!パパすごい!深夜2時の哲学の松岡さんと一緒に仕事してるの!?」
実は私のパパはテレビ局のプロデューサーだ。もともと東京のキー局にいたけど、今は札幌の支局に転勤中。左遷だよな~ってパパは笑ってたけど、家族が離れて暮らすのはやっぱり寂しい。
「あれ、あかね、お笑い好きだっけ?松岡とはまた一緒に撮影するから、サインもらっておいてあげようか?」
「えっ、いいの!絶対欲しい!!最近仲良くしている友達が深夜2時の哲学がおもしろいって言ってたから、動画投稿サイトでネタをみるようになったの。私も、はまっちゃって。」
それからパパに高倉くんの話をして、高倉くんのSNSも見せた。
「ふーん、おもしろい子だね。そういえば、性の多様性って、海外だともっとオープンに議論されているよ。レインボーの旗を持って、パレードとか、結構にぎやかなんだ。」
「へえ、知らなかった。」
「今後日本でもカミングアウトする人が増えていくと思うから、あかねも世の中にはいろいろな人がいることを徐々に知っていければいいね。そういえば、夕飯はジンギスカンでいい?」
「やったー!札幌といえば、ジンギスカンだよね。あと味噌ラーメンとお寿司も食べたい。」
「あはは、あかねは欲張りだな。」
今週一週間はパパも夏休みだ。週末はママの休みに合わせて東京で過ごす予定。パパを独り占めできる一週間の始まりに胸を高鳴らせた。
夕飯は予定通り、パパ御用達のジンギスカンのお店に行った。業界の人がよく来る隠れた名店らしい。お店に入ると、テレビで見たことがある人がいた。この特徴的な笑い声、間違いない。――アイドルの歌まねで今売れているオネエタレントのひめのりぼんさんだ。
「わぁ~、染谷プロデューサー!いつもお世話になってます♡」
パパに気づいたひめのさんが、駆け寄ってきた。
「ああ、りぼんちゃん!りぼんちゃんの食べ歩き回、とっても好評だから、またよろしくね。」
「こちらこそお願いします~!あれぇ、娘さんですか?かわいい~!!」
「娘のあかねです。中学生です。」
「染谷プロデューサーに、こんな大きなお子さんがいるって知らなかったです!てっきり独身かと思ってた~。」
「え、言ってなかったっけ?今単身赴任中なんだよ。家買った途端に左遷するなんてひどいよなあ。」
そうだそうだ、ほんとひどい。ママと私は、パパと離れ離れになってしまった。
ふと、壁にかかった芸能人の写真とサインが目に入った。私もりぼんちゃんと写真撮ってもらいたいな。
「あの、ひめのさん。ご迷惑でなければ、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「おい、あかね!」
「全然いいですよ~♡私、出し惜しみしないたちなんで。」
店員さんに頼んで写真を撮ってもらった。よっしゃ夏期講習で、紬に自慢しちゃおう。
そのまま店員さんに案内されて奥のテーブルについた。ジンギスカン用の鍋は、真ん中がこんもりと山になっている。そこに肉をのせて焼く。周りの溝には野菜を敷く。
運ばれてくる羊肉をどんどんジンギスカン鍋にのせていく。ジュウジュウと肉の焼ける音と甘辛いタレの匂いが食欲を誘う。
「はは。あかね、のせすぎ。あんまりがっつくなよ。」
「そうだ!写真撮っていい?」
――パシャパシャ
我ながら、まだ赤身の残る肉と煙がとてもおいしそうに撮れた。
「そのカメラ、調子はどう?」
「すごくいい。写真部でも大活躍しているよ。あとで写真見せるね。そうだ、私SNS始めたんだ。」
肉が焼けるまで、自分のSNSのアカウントをパパに見せた。どの写真もよく撮れていると感心していた。
焼けた肉を一枚一枚、口に頬張る。牛とも豚とも違う風味のある肉だが、スパイスの効いたタレのおかげで匂いは全然気にならない。何枚でもイケる。周りの野菜もタレがしみこんで食べごろだ。
「そういえば、ひめのさんも、LGBTQ+なの?」
「りぼんちゃんは、物心ついた時から自分のことを女の子だと確信していたって、インタビューで答えていたよ。だから、トランスジェンダーだね。最近彼氏もできたって言ってた。でも、性転換手術は身体への影響も大きいから、迷っているんだって。」
――同じように女の子っぽい格好をしていても、りぼんちゃんは『心が女の子』で彼氏がいる。一方で高倉くんは『心は男の子』で、好きになるのも女の子。
「LGBTQ+って難しいね。」
「みんながどれかにきっちり当てはまるわけじゃないしね。それにほら手術しちゃうと元に戻せないだろう?」
性はグラデーション。大事なのはその人自身をよく知ることなのかもしれない。高倉くんも“自分のあり方”――カワイイものが好きな男の子だってことを、堂々と話せる日が来ますように。




