この聖剣を抜けた者が王と結婚できます!
王妃の聖剣。
この剣を土に刺し込むと、男は簡単に抜くことができるが女は限られた者しか抜くことができない。
抜けた女は王妃の素質があり、その者が王妃になることで王国は永く栄えると言い伝えられてきた。
そのため、新王が誕生すると貴族平民問わず、我こそが聖剣を抜くという女性で溢れることを連綿と繰り返した歴史がある。
そして本日、聖剣を抜く時がきた。
城の中庭に大勢の人が集まる。
貴族の令嬢から商人の娘、騎士の娘や平民の美人など。
数人の推薦があれば、誰でも参加できるというイベントなので盛況極まっていた。
ステージの上に新王が登壇する。
「皆の者、余が新たな王となったデブエロだ。本日はこんなに集まってくれて感謝するぞ。この中に余の妻がいると想像するだけでビンビンする。愛を交わし合うベッドも用意してあるから安心してチャレンジするが良いぞ!」
デブエロは少し変わった性格をしている。
見た目もかなり太めで、顔もお世辞にも整っているとは言えない。
しかし血筋は確かなものであり、今後国を率いていく王である。
彼と結婚することができれば生涯安泰、贅沢の限りを尽くせるだろう。
ゆえに集まった女性だけでなく、むしろ関係者の目がギラついている。
推薦した女が王妃になれば、彼らも裕福な生活が保障されたも同然だ。
兵士が聖剣を持ってきて地面にザクッと突き刺す。
これで準備は完了だ。
「では公爵令嬢のリロンヌ、前へ」
誰でも参加できるとはいえ、さすがに血筋は考慮する。
爵位の高い家柄の娘からチャレンジしていき、貴族が終わったら民間でも優れた家系の者、そして名もなき娘たちの順だ。
聖剣は一度でも抜かれたら、その場でイベント終了となる。
つまり早い順である貴族が有利なのは間違いない。
「あぁ、リロンヌ様が抜くに違いない。一人目でもう終わりか……」
周囲の者たちから落胆の声が漏れる。
それもそのはず。
リロンヌは王妃の最有力候補だ。
見目の良さ、教養、作法、育ち、なにを取っても右に出る者はいない。
リロンヌは王にカーテシーで敬意を示すと、胸の内に秘めた想いを口にする。
「この日のために、やれることはなんでも努力してきました。わたくしの覚悟をただ今よりご覧にいれましょう!」
一度深呼吸をすると、リロンヌは聖剣の柄を握る。
「ハッ!」
かけ声とともに聖剣を引き抜く動作をみせる。
一瞬、剣が動いたようにも見えたが、なかなか土から刃が抜けない。
「どうして……どうしてなのッ!」
何度も何度も引き抜こうとするが、どうしても動かない。
兵がやってきて、チャレンジは終了だと告げられる。
無情な通告にリロンヌは悔しそうに、両親に泣きつく。
「一生懸命やったのですっ。それなのに聖剣を抜けなくて本当にごめんなさい……!」
「あぁリロンヌ。いいんだよ……」
泣き崩れる彼女を両親が支える。
剣こそ抜けなかったが家族愛は伝わってきて人々の心を癒やした。
でも、ほっこりとばかりもしていられない。
次の令嬢がチャレンジに向かう。
「陛下、私が必ず聖剣を抜いてみせますわ!」
彼女はリロンヌ以上に気合いが入っているように見えた。
それでも、なかなか聖剣は抜けない。
女を捨てて歯茎を見せてまで引き抜こうとしたのにダメだった。
次の令嬢も、その次も、聖剣は抜けなかった。
結局、貴族の娘は全滅した。
会場は一気に湿っぽい雰囲気に変わる。
抜けなかった令嬢たちが皆、この世の終わりの如く泣いているので、どうしても暗くなる。
一発逆転を狙って大商人の娘たちが希望を胸にチャレンジしていき……やはり散っていく。
ついには、平民の金持ちや美人にもチャンスが巡ってきた。
これは彼女たちにとっては千載一遇のチャンスだ。
普通の国であれば、平民が王妃になることはまずあり得ないだろう。
でもここで聖剣さえ抜ければ、その夢が叶うのである。
誰一人、やる気のない者はいなかった。
皆、鬼気迫る表情だ。
ところが、全員が号泣するハメになった……。
もしや今回は、現れないのだろうか?
そんな空気が流れる中、最後の一人に順番が巡ってくる。
「わだす、ちょっと前に村から出でぎたペロッパど申しまずぅ。陛下のおよめざんになりだぐで、宿屋の主人と奥ざまに頼んで推薦しでもらいまじた~」
プッ、ハハハハハッ!
爆笑の渦が会場を呑み込んだ。
訛りは酷いし、名前の響きもどこか滑稽だった。
外見も中身を表したように芋っぽい。
明らかに場違い。
ここは未来の王妃を決める場所であって酒場の仕事の面接ではないぞ。
そんな野次が飛び交う。
気品ある令嬢たちがことごとく敗れたというのに、どこぞの田舎娘に剣が抜けるはずがない。
そんな人々の考えは、わずか一秒でぶっ壊されてしまう。
「うんしょ……」
サク――――と驚くほど簡単に聖剣が抜けてしまったではないか!
水を打ったような静寂が訪れた。
「あんれぇ? わだす、簡単に抜けちまっだ。なんでだべ?」
そりゃこっちが聞きたいわ! と誰もが心の中で叫んでいた。
教養もクソもないような田舎娘がなぜ王妃の剣を抜けるというのか?
この場の誰一人、なんなら本人でさえも理解していない。
「あっ、蟷螂さん。踏んづけそうになっで、ごめんなざい」
彼女は蟷螂をつまむようにして、安全なところに移動させる。
それを見た宰相が天啓を得たかのように騒ぎ出す。
「そういうことであったか!?」
「なんだ? 余にもわかるように説明せい」
デブエロが興味津々になる。
自分の妻になるのだから当然だろう。
「王妃になる者は、誰よりも純真無垢で穢れのない心の持ち主だと言われております。彼女の虫にすら気遣いをする心。あれこそ、まさしく王妃ハート!」
「王妃ハート……純真無垢……。ペロッパと言ったな。そなた、男と手を繋いだことはあるか?」
「わだず、そういうの、なんも知らなぐで……」
「フォォォ――! まさに穢れなし! そなたこそ王妃にふさわしい! 余の隣にくるがよい!」
「ええッ……。わだすなんかが……ハイ!」
喜色満面のデブエロから一歩引いたところにペロッパは立つ。
もうこうなってしまっては、他の者たちも認めるしかない。
元気のない拍手が会場に鳴った。
☆ ☆ ☆
会場から人々が立ち去った後、三人の兵士が後片付けを行う。
「おーいミドル、俺たちは先にいってるから宝物庫にそれ持ってこい」
「了解だ」
ミドルは同僚たちが中に入っていくのを見てから独り言を呟く。
「早いときは一人目で抜けるらしいが、今回は凄く長かったな」
このイベントは大体2パターンになるとミドルは聞いていた。
一人目か二人目で抜けるか、中々抜けないかのどちらかだ。
今回はわかりやすいほどに後者だった。
「アッ!? やっちまった!」
非常に焦る。
現在、聖剣は地面に刺さったままだ。
ペロッパは剣を抜いた後、また元の場所に戻してしまったからだ。
別に抜けばいいだけだが、ミドルには抜けない事情があった。
実は、男のフリをしている女なのである。
子供の頃から女という性に違和感があり、大人になってからは男として振る舞ってきた。
ここも女の兵は雇っていなかったので、男で通して合格。
幸い短髪にすれば、中性的な男に見えるのでいままでは問題がなかった。
でも生物的には女なので、聖剣は抜けないだろう。
同僚を呼ぶか迷ったが、興味本位で聖剣を抜いてみようとする。
サク。
「――ハ? 抜けちゃったんだけど……」
ミドルは困惑する。
体は女だけど心が男だから抜けたのだろうか。
だとすれば、本人としては嬉しい。
少なくとも聖剣は男と認めてくれたのだから。
だが、どうにも違う気がする。
そこでコッソリ、仲の良い侍女三人組を呼んでみた。
「その剣、ちょっと抜いてみてくれ」
「ええッ!? 無理に決まってるよ。私なんてただの侍女だよ?」
「いいから、やってみて」
促すと、最初の一人が聖剣に手をかける。
そして、あっさりと抜いた。
「わっ、抜けちゃった……!」
四人は驚愕する。
他の二人の侍女も試したところ、両者ともに聖剣を簡単に抜くことができた。
これは一体どういうことなんだ?
四人は真剣に話し合った。
やがて、一つの仮説に辿り着く。
聖剣って、実は女でも簡単に抜けるのでは?
だとするならば、今日の参加者たちはどうして抜けなかったのだろう。
いや……抜けたけど抜かなかったのだ。
最後のペロッパ以外、全員が全力で演技をしていたということになる。
「やっぱあれかな。陛下が生理的に無理だったというか……。奴隷商から幼女買ってるとか悪い噂も多いしね」
「正直、剣を抜きたくない気持ちわかる。でも家族の方々は本気だったよね。だから、ああなったのかな」
侍女たちの会話を聞きながらミドルは恐怖する。
誰一人、演技に見えなかったのだ。
泣き叫ぶ姿など迫真ものだった。
なにより、あの女性たちは全員、自分以外も演技していると知っていたことになる。
やっぱり自分は男の方が合っているとミドルは再確認した。
ふと、ミドルは地面にいる昆虫に気づく。
蟷螂だった。
「こいつ、頭潰れてるじゃないか……」
☆ ☆ ☆
城内で、二人の兵士が会話する。
「しかしミドルの野郎、おっせえなー」
「聖剣で遊んでるんだろ。あいつも馬鹿じゃない。盗んだりはしないさ」
「だな。それはそうと、少し面白い話があるんだ。この間、酒場でアホな酔っ払いがいてな。ええと、ペロッパ様か。あの人と同じ訛りでさ」
へえ、ともう一人の兵士が眉を上げる。
「そいつの村では、五年で三十人も変な死に方してたらしい。殺人じゃないかと調べてたら、一人の女が怪しいってことになった。でもその女は、いち早く村を抜け出した」
「勘が鋭いな」
「驚くのは、そいつが言ってた女の特徴が似てんだよ。ペロッパ様に」
二人は顔を見合わせる。
すぐに、プッと噴き出して大笑いした。
「んなわけ! 酔っ払いの戯言だろ!」
「だよな! 宰相も言ってたしな。王妃は心の綺麗な人がなるって」
「そうそう、虫も殺せないような人が殺人なんかできねーよ!」
その後も二人は、今日の出来事について楽しく語り合った。