【第93話】 『制服に沁みた恋心──透ける汗と隠せない想い』
ギラギラと、真夏の太陽が容赦なく教室を焼いていた。
窓は全開、扇風機もフル稼働。
それでも教室の空気は、重たく肌にまとわりつく。
じっとしているだけで、シャツの背中がじっとりと汗ばみ、
髪の毛の根元から、首筋に向かって汗がつたう感覚がある。
放課後、体育の授業明け。
教室に戻った俺たちは、
それぞれ汗だくのまま、イスにへたり込んでいた。
「……あっつぅ……」
レナが机に突っ伏して呻く。
「マジで干からびるって……つーか、これシャツやべぇ……」
「やべぇって……」
俺が振り向くと、レナのシャツが、
背中にピタリと張り付いて、うっすらと肌の色が透けていた。
──思わず、息を飲んだ。
汗で濡れた制服。
張り付いた布の向こうに浮かび上がる、素肌のライン。
それは、普段の制服越しには絶対に見えない、
ヒロインたちの「素」が、無防備にさらけ出された瞬間だった。
ヤバい。これはヤバい。
見ちゃいけない。絶対に、見るべきじゃない。
そう思った。
思ったのに──
視線が、どうしても逸らせなかった。
汗の匂いとともに、
濡れたシャツが静かに揺れるたび、
心拍数だけが、どんどん加速していく。
「……白井くん?」
隣の席から、ことりの声がした。
振り向くと。
ことりもまた、
汗で濡れたブラウスを着ていた。
うっすらと滲む汗染み。
シャツが張り付き、肩甲骨のラインが、くっきりと浮かび上がっている。
その光景は、
言葉にできないくらい、眩しくて、切なかった。
ことりは、顔を真っ赤にしながら、
そっと制服の裾を引っ張った。
「……やっぱり、見えちゃう、よね……」
声が、震えていた。
けれど、それは嫌悪や怒りの震えではなく、
むしろ、恥ずかしさと、ほんの少しの期待が入り混じった、甘い震えだった。
俺は、ぎゅっと拳を握った。
──どうする。
ここで、目を逸らすか。
それとも──この一瞬を、ちゃんと受け止めるか。
迷った。
迷って、迷って──
俺は、静かに頷いた。
「……ことり、すごく、綺麗だよ。」
ことりの瞳が、大きく揺れた。
「え……」
「汗で濡れてても。
シャツが張り付いてても。
そんなこと関係ないくらい、……綺麗だ。」
ことりは、ぎゅっと唇を噛んだ。
そして、
震える手で、自分の胸元をそっと押さえながら、
ぽつりと、呟いた。
「……うれしい……」
たった一言。
でも、その声は、
今まで聞いたどんな言葉よりも、強く胸に響いた。
──それから。
他のヒロインたちも、
次々に汗まみれの制服姿で現れた。
みずきは、髪をぐしゃぐしゃにしながら、
「もうダメ、脱ぎたい……でも脱げない……」と呻き。
つばさは、汗で眼鏡がずり落ちたまま、無言でタオルを振り回していた。
セシリアは、優雅に見えて、実はシャツの背中がびしょびしょで、
「日本の夏、情熱的すぎるわ……」と肩を落としていた。
しおりは、黙って席に座ったまま、
手のひらでそっとシャツのしみを隠そうとしていた。
でも、隠しきれなかった。
汗は、隠せない。
心も、隠せない。
その全部が、
この教室の空気に、溶けていく。
そして──
それを知った俺たちは、
もう、誰も責めたりしなかった。
だって。
汗で濡れた制服は、
誰かの頑張った証で。
誰かが今日を一生懸命生きた証で。
そして、誰かが、
好きな人に見てもらいたいって願った──
そんな恋の証だったから。
だから。
俺は、ゆっくりと目を閉じて、
深く深く、呼吸をした。
汗の匂いが、胸の奥に満ちていく。
シャツに沁みた恋心が、確かに、
俺のなかに流れ込んでくる。
そして、そっと呟いた。
「……ありがとう。見せてくれて。」
誰にでもなく。
教室にいる、すべてのヒロインたちに向かって。
彼女たちは、
それぞれに顔を赤らめながら、
でも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
──夏は、まだ終わらない。
汗も、涙も、
そして、ほんの少しの秘密も。
全部抱きしめて、俺たちは、
この恋を続けていく。