【第88話】 『好きって、汚いことを受け止めることかもしれない』
教室の空気は、さっきまでとは違っていた。
ことりの涙と告白を受け止めたあとの空間には、
言葉にできないほどの、静かな温もりが満ちていた。
誰も笑わなかった。
誰も責めなかった。
それどころか──
みんな、ことりの勇気を抱きしめるように、目を細めていた。
そして、俺。
白井悠真は、心の中で、静かに誓った。
──俺は、この全部を受け止めたい。
弱さも、恥ずかしさも、涙も、失敗も。
綺麗なところだけじゃない。
汚れた部分も、不器用な部分も。
好きっていうのは、
そういうものなんじゃないかって、思った。
だから。
俺は、ゆっくりと、みんなに向き直った。
「なぁ。」
教室に俺の声が落ちる。
ヒロインたちが、ぴくりと肩を揺らす。
「俺、……全部、ちゃんと知りたい。」
自分の声が、わずかに震えているのがわかった。
けれど、それでも言葉を続けた。
「綺麗なとこだけじゃなくて。
かっこいいとこだけじゃなくて。
恥ずかしいとこも、情けないとこも、汚いとこも。」
ことりが、驚いたように目を見開く。
みずきが、そっと手を胸に当てる。
レナが、照れ隠しのように鼻をこする。
つばさが、眼鏡の奥でじっと俺を見つめる。
しおりが、膝の上で拳を握る。
セシリアが、ふっと扇子を閉じる。
くるみが、穏やかな笑みを浮かべる。
「……みんなのこと、もっとちゃんと知りたい。」
「どんなに汚れてても、
どんなに情けなくても、
それでも、俺は……みんなのこと、好きでいたい。」
俺の声は、震えながらも、まっすぐだった。
──沈黙。
けれど、それは怖い沈黙じゃなかった。
誰も、俺の言葉を笑わなかった。
誰も、否定しなかった。
むしろ──
小さな、小さな、芽吹く音が、聞こえた気がした。
ことりが、最初に口を開いた。
「……じゃあ。」
顔を真っ赤にしながら、それでもまっすぐに俺を見て。
「……もっと、私のこと、見てね。」
声が震えていた。
でも、それは確かな勇気だった。
みずきが、続いた。
「汗だくで、顔真っ赤にして、
変な声出してるときも……笑うなよな。」
笑って言うその横顔が、ほんの少しだけ、泣きそうだった。
レナが、そっぽを向きながらぼそりと呟いた。
「ムレても、クサくても、汚れてても。
あたしは、あたしだからな。」
つばさが、少しだけぎこちない手つきでメガネを直しながら。
「データだけじゃ測れない感情を……
少しずつ、あなたに見せる努力をします。」
しおりが、膝の上で握った拳を緩め、ぽつりと言った。
「私、失敗ばっかりだけど……
それでも、そばにいてくれるって、信じても……いい?」
セシリアが、夜の帳を背にして、そっと微笑む。
「私の、ぜんぶ。
きれいじゃないところも、……受け止めて。」
最後に、くるみが。
「……好きって、汚いことを受け止めることかもしれないね。」
しみじみと、静かに、でも確かに言った。
教室の空気が、ほんの少し震えた。
俺は、胸がいっぱいになった。
こんなにも、みんなが勇気を出してくれて。
こんなにも、まっすぐに俺に向かってくれて。
その全部が、
愛しくて、誇らしくて、たまらなかった。
俺のモノローグ:
きれいな恋なんて、いらない。
完璧な姿だけを愛する恋なんて、いらない。
汚れたっていい。
泣いたっていい。
失敗して、格好悪くてもいい。
それでも、「好きだ」って言えるなら。
それでも、「一緒にいたい」って思えるなら。
そんな恋のほうが、
ずっと、ずっと、強い。
そして、あたたかい。
──窓の外。
遠くで、雷鳴がごろりと響いた。
だけど、教室の中は、あたたかかった。
みんなの鼓動が、優しく揺れていた。
弱さを抱きしめた分だけ、
俺たちの距離は、また少しだけ、近づいた気がした。
──この夜、俺たちは、
綺麗じゃないけど、
誰よりも真っ直ぐな恋を始めた。
 




