表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/171

第69話 『恋の湿度は、制服の裏にある』

梅雨が明けたその朝、

気温は一気に三十五度を超えていた。


蝉の鳴き声は耳を突き刺し、

通学路はまるで熱された鉄板。

教室の空気は、息をするたびに肺まで蒸されそうだった。


教室の天井ファンは、

ゆっくりとしか回らない。


そして、少女たちの背中――

そのブラウスには、汗がじわりと染み出していた。


「……暑っつ……」


俺――白井悠真は、思わず唇をかみしめる。


前の席に座ることりのブラウスが、

肩甲骨のラインに沿って、汗で肌に貼りついていた。


ほんの少し前かがみになるたびに、

うっすらとインナーのラインが――否、肌の色さえ透けかけて見える。


(やばいやばいやばい……これは……見ては……)


(っていうか、これもう事故じゃないか? 見てるっていうより、見えてるんだよ……!)


顔をそむけようとしたとき、

ことりが振り向いた。


「……見た?」


「みっ……見てない!!ちがっ……そ、その……ごめんっ!」


ことりの頬が、ゆっくりと赤くなる。

そして、彼女はそっと呟いた。


「……でも、ほんとはちょっとだけ……見てほしかった、かも……なんて……」


言葉が、耳に落ちる前に、心臓を直撃した。


周囲を見渡せば、他の女子たちも同じだった。


みずきは首元の汗をハンカチで拭いながら、「背中ムレる~!」と文句を言っていたが、

その口調の裏で、どこか視線を気にしていた。


セシリアはあえて何も言わなかったが、

透け感がわかるような白いブラウスを身にまといながら、

「夏はすべてが暴かれる季節よね」と、涼しげに笑っていた。


レナに至っては、

「なぁ、これ、下着より透けてんじゃねぇか!?マジで見んなよな!」と怒鳴りながら、

肩をそっと隠すように髪を垂らしていた。


「ねえ、悠真くん」


ふと、くるみが俺の隣に座って、ぽつりと呟く。


「……汗って、下着より“心の近く”にあると思いませんか?」


「見られると恥ずかしいのは、布より……体の温度なのかも」


(そうかもしれない……)


見えてるのは、肌じゃない。

透けているのは、**彼女たちの“恋の体温”**なんだ。


■悠真のモノローグ:


汗で貼りついた布の下に、

彼女たちは何を隠して、何を伝えようとしてるんだろう。


見ちゃいけない。けど、見えてしまう。


それはたぶん、俺がまだ触れてはいけないものだけど――

同時に、触れてほしいって、願ってくれてる気もするんだ。


その日の放課後。


ことりが俺のそばにそっと寄ってきて、

ブラウスの裾をぎゅっと握りながら言った。


「……ねえ。今日、透けてた?」


「えっ、あ、いや、それは……」


「……そっか」


彼女は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「……じゃあ、今度は、ちゃんと見ててね」


(“ちゃんと”って……)


俺の頭が真っ白になっているのも知らずに、

彼女は背を向けて歩き出した。


その背中には、恋の湿度がまだ、じっとりと残っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ