第69話 『恋の湿度は、制服の裏にある』
梅雨が明けたその朝、
気温は一気に三十五度を超えていた。
蝉の鳴き声は耳を突き刺し、
通学路はまるで熱された鉄板。
教室の空気は、息をするたびに肺まで蒸されそうだった。
教室の天井ファンは、
ゆっくりとしか回らない。
そして、少女たちの背中――
そのブラウスには、汗がじわりと染み出していた。
「……暑っつ……」
俺――白井悠真は、思わず唇をかみしめる。
前の席に座ることりのブラウスが、
肩甲骨のラインに沿って、汗で肌に貼りついていた。
ほんの少し前かがみになるたびに、
うっすらとインナーのラインが――否、肌の色さえ透けかけて見える。
(やばいやばいやばい……これは……見ては……)
(っていうか、これもう事故じゃないか? 見てるっていうより、見えてるんだよ……!)
顔をそむけようとしたとき、
ことりが振り向いた。
「……見た?」
「みっ……見てない!!ちがっ……そ、その……ごめんっ!」
ことりの頬が、ゆっくりと赤くなる。
そして、彼女はそっと呟いた。
「……でも、ほんとはちょっとだけ……見てほしかった、かも……なんて……」
言葉が、耳に落ちる前に、心臓を直撃した。
周囲を見渡せば、他の女子たちも同じだった。
みずきは首元の汗をハンカチで拭いながら、「背中ムレる~!」と文句を言っていたが、
その口調の裏で、どこか視線を気にしていた。
セシリアはあえて何も言わなかったが、
透け感がわかるような白いブラウスを身にまといながら、
「夏はすべてが暴かれる季節よね」と、涼しげに笑っていた。
レナに至っては、
「なぁ、これ、下着より透けてんじゃねぇか!?マジで見んなよな!」と怒鳴りながら、
肩をそっと隠すように髪を垂らしていた。
「ねえ、悠真くん」
ふと、くるみが俺の隣に座って、ぽつりと呟く。
「……汗って、下着より“心の近く”にあると思いませんか?」
「見られると恥ずかしいのは、布より……体の温度なのかも」
(そうかもしれない……)
見えてるのは、肌じゃない。
透けているのは、**彼女たちの“恋の体温”**なんだ。
■悠真のモノローグ:
汗で貼りついた布の下に、
彼女たちは何を隠して、何を伝えようとしてるんだろう。
見ちゃいけない。けど、見えてしまう。
それはたぶん、俺がまだ触れてはいけないものだけど――
同時に、触れてほしいって、願ってくれてる気もするんだ。
その日の放課後。
ことりが俺のそばにそっと寄ってきて、
ブラウスの裾をぎゅっと握りながら言った。
「……ねえ。今日、透けてた?」
「えっ、あ、いや、それは……」
「……そっか」
彼女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……じゃあ、今度は、ちゃんと見ててね」
(“ちゃんと”って……)
俺の頭が真っ白になっているのも知らずに、
彼女は背を向けて歩き出した。
その背中には、恋の湿度がまだ、じっとりと残っていた。