第68話 『その汗、嗅いだの誰!?──座席シャッフル事件』
「――よって、本日より“衛生強化週間”を設けます」
風紀委員・神堂しおりは、いつも通り淡々と宣言した。
「夏期の発汗量の増加に伴い、椅子への汗染み問題が報告されています。
よって、座席は日替わりでシャッフル。誰がどの椅子に座るか、くじ引きで決定します」
「うそでしょ!?毎日!?」
「てか、私の……あたしの椅子、誰かに嗅がれるの!?」
「いや、誰も“嗅ぎ”にいくとは言ってないだろ!?」
教室中が、一気に騒然となった。
だが、もうすでに“事件”は始まっていた。
「はーい、くじ引きますよー!わたし何番!?……悠真の真後ろ!?やだ~♡」
「うわっ、俺、つばさの後ろ……!」
何気ない流れで、俺はつばさの使用済み椅子の後ろに座ることになった。
「……っ」
椅子に座った瞬間、俺の鼻に微かな刺激が走った。
「……これ……なんだろ、なんか……理科室みたいな匂いがする」
「…………」
つばさが固まった。
そして――何故か、耳まで真っ赤になった。
「わ、悪い!変な意味じゃなくて!その……すっきりしてるっていうか、清潔感あるというか!」
「そ、それ……褒め言葉ですか!?」
他の女子たちがざわつきはじめる。
「え、じゃあ私のは!?どんな匂いだった!?」
「……嗅がないでほしいけど、でも気になるの……」
「嗅いだら死ぬほど怒るけど、感想だけは聞きたい……!」
セシリアが優雅にうちわを仰ぎながら笑う。
「恋の香りって、最初に語りだすのは“汗”なのよ」
「だから、嗅覚って恋愛において最も原始的な情報伝達手段なの。
それを椅子でやるなんて、ちょっと野性的で……興奮するわね」
その時、くるみがぼそりと呟いた。
「……香りって、“誰かがそこにいた”って証明なんです。
だから、今座ってるその椅子は――“誰かのいた場所”を共有してるんですよ」
(誰かがいた椅子に、俺が座る)
(誰かの汗に、俺が触れる)
(……なんだよこれ。なんでこんなに……ドキドキすんだよ……)
俺の背中が、汗でじんわりと湿っていくのがわかった。
でもそれは、気温のせいじゃなかった。
たぶん――
今日だけじゃない。
これから毎日、
「誰かの匂い」と入れ替わる毎日が始まるのだ。
■悠真のモノローグ:
汗なんて、ただの水分と塩分だと思ってた。
でもそこには、“昨日誰が何を思ってたか”が、全部染み込んでる。
恋って、
こんなにも、湿ってるものだったのか。