第66話 『この布の中に、私はいる──そして君に触れてほしい』
昼過ぎ。
干していたブラたちが、少しずつ乾き始めていた。
風がやさしく吹くたび、
色とりどりの布が揺れて、淡い影を床に落とす。
ベランダに吊るされたそれは、
もはや“洗濯物”ではなく――誰かの気持ちの一部だった。
「――ありがとな、悠真」
最初に声をかけてきたのは、みずきだった。
ネイビーカラーのブラを手にしながら、
いつになく静かな声で。
「……あたし、普段はさ、服の下に“隠してる”って思ってたけど……」
「干されたとき、自分でもびっくりするくらいドキドキしてさ。
でも、それを見た悠真が、ちゃんと真剣だったから――恥ずかしいより、嬉しかったんだよね」
続いて、セシリア。
「風に揺れるって、あんなに美しいことなのね」
ローズカラーのレースを撫でながら、
まるでジュエリーを扱うように大切に抱えていた。
「誰にも触れさせなかったものを、あなたに託せたの。
だから、これからも……お願いね」
つばさは、乾いたベージュの機能性ブラを手にしながら、小さく頷いた。
「……わたし、布地のスペックしか信じてなかったんです」
「でも今回、柔軟剤の香りが変わって……“気持ち”も繊維に残るんだって、わかりました」
「……次は、もうちょっとだけ……“甘めの香り”にしてみようかなって……」
しおりは、静かに、白のシンプルブラを手に取った。
「わたし、観察者だったのに……
気づいたら、観察される側になってて……」
「でも、それが、嬉しかったの」
「“守ってくれた”って思えたから――ありがとう」
レナは、真紅のブラを片手に、そっぽを向いて言った。
「見てねぇとか言ったらぶっ飛ばすからな?あたしの……結構、勇気出して選んだんだぞ」
「……でも、干してもらったとき、なんか……自分も“女”として、ちゃんと見られてる気がした」
「……マジで感謝してる。ま、言わねぇけどな」
そして、くるみがそっと近づく。
淡いラベンダーグレーのブラを手に、
彼女はふわりと香る空気を吸い込んで微笑む。
「ちゃんと……残ってる。香り、消えてない」
「この布に、わたしの恋心がちゃんと宿ってたこと、わかってくれてありがとう」
そして――最後に、ことり。
彼女は、前よりほんの少しだけ大胆なデザインのピンクのブラを
両手で胸元にそっと抱いていた。
恥ずかしそうに頬を染めながら、
でも、迷わず、俺の横に立った。
「悠真くん……」
「このブラ……洗っても……香り、残ってるかな?」
その声は、
まるで“キスの直前”のような緊張感を孕んでいた。
言葉は柔らかく、でもはっきりと俺の心を打った。
「うん。……ちゃんと、残ってるよ」
「ことりの気持ち、全部――俺の手に、ちゃんと染みてた。」
風が吹いた。
ピンクのレースが、もう一度だけ、揺れた。
まるで、
“その想いがまだここにある”と告げるように。
■悠真のモノローグ
パンツは、恋のはじまりだった。
どこか無防備で、ふと触れてしまった気持ち。
布団は、恋の記憶だった。
並んだ温もり、染みこんだ香り。忘れたくない一夜。
そして――
ブラは、恋そのものだった。
胸の内に触れる布。
見せるんじゃない。託すんだ。
だから今、俺は思う。
この布の中に、彼女たちがいる。
そして――俺は、ちゃんと触れてしまった。