第65話 『ベランダに、7枚の鼓動が揺れている』
雨が上がった。
朝の空はまだ鈍い色をしていたけど、
その隙間から、ほんのわずかな陽が差し込んでいた。
コンクリートはまだ濡れていたけれど、空気は乾いている。
今日こそは――干せる。
洗濯機の前。
俺の手元には、7枚のブラジャーが並んでいた。
ピンク、ネイビー、ローズレッド、ベージュ、ホワイト、ペールブルー、そして――ラベンダーグレー。
それぞれが、全く違う形、素材、香り、重みを持っている。
同じ“ブラ”というカテゴリなのに、こんなにも個性があるのかと、改めて思う。
「……じゃ、干すか」
小さく息を吐いて、
一枚ずつ、そっとハンガーに吊るしていく。
ことりの新しいブラ。
前よりも、ほんの少しだけ大胆なデザイン。
「見てもらうため」じゃなく、「伝えるため」に選んだって、彼女は言った。
みずきのスポーツブラ。
水を含んでも型崩れしない、頼もしさを感じる布。
「でも中は、ちょっとだけレース入ってんだよね。気づいた?」と照れながら笑ってた。
セシリアのレースブラ。
干すと、陽に透けて、まるで空気のようだった。
「これはね、“秘める誘惑”って名前がついてるの」と、真面目に教えてくれた。
つばさの機能性ブラ。
無駄のない設計、科学の力で守られた鼓動。
「でも今回は、ちょっとだけ柔軟剤の量を変えてみました」――それが彼女なりの挑戦だった。
しおりの白ブラ。
最も無装飾で、最も“少女”らしい。
「見られる前提じゃない。でも、見てくれていいって、初めて思った」と、昨日ぽつりと呟いていた。
くるみの淡いグレー。
香りがすでに“言葉”になっていた。
「私の鼓動、嗅いだら……ちゃんとわかってくれるって思った」
そして――
レナの、真紅のブラ。
大胆すぎるデザインに驚いたけど、
「見せパンみたいなもんだよ!でも……信じてっから、預けたんだろうが!」と照れ隠ししていた。
俺のベランダに、7枚のブラジャーが並んでいた。
どれもこれも、違う。
でも――どれも、大切な誰かの“鼓動”だった。
「……これ、全部……俺が洗ったんだよな」
独り言のように呟いてみる。
思えば、最初はただの下着だった。
洗うのにドキドキして、干すのに戸惑って、
“こんなことしてていいのか”って何度も思った。
でも今は――違う。
「干す」っていう行為は、思ってたよりも、ずっと強くて、ずっと優しい。
彼女たちは、自分の一番近い場所にある布を、
俺に預けてくれた。
恥ずかしさも、過去のトラウマも、好意も、信頼も――全部を乗せて。
風が吹く。
レースが、揺れる。
メッシュが、波打つ。
パッド入りが、陽に透ける。
その一つひとつが、“見せたいから干した”のではない。
“伝えたいから干せた”んだ。
■悠真のモノローグ
ブラは、ただの下着じゃない。
胸に触れるのは、形じゃなくて――その人の、生きてる温度だったんだ。
洗って、干して、風に揺れる。
それを見て、ようやく俺は――
少しだけ、彼女たちの「中」に触れられた気がした。