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第64話 『私の鼓動、返して』

日が暮れかけた教室。

窓の外では風が少しだけ強くなり、カーテンが揺れていた。


誰もいない放課後。

椅子の並んだ教室に、ひとり座っていたのは――ことりだった。


彼女の手には、ぐしゃぐしゃになったメモ帳の切れ端。


「……この香り、私のだったの」


それは、今朝発覚した“消えたブラ”の持ち主が、

彼女であったという静かな告白だった。


「そのブラ……お気に入りだったの」


「……可愛いからとか、安かったからじゃないよ。

 “誰かに見せたくなった”初めてのブラだったの」


ことりの声は静かだった。

でも、その静かさが、逆に胸を締め付けてくる。


「洗濯かごに入れたとき、本当は迷ってたの。

 でも、悠真くんなら、大丈夫だって思ったの」


「……だから、お願いしたの。わたしの鼓動、洗ってって」


その言葉の意味が、

どれほど重かったのか――

俺は、今になってようやく、知ることになった。


「そのブラは……わたしの全部だったのに」


ことりの目から、ぽろりと涙がこぼれた。


「……返してよ、悠真くん」


「わたしの、全部……」


返して。


たった一言なのに、

それはまるで――


「信じたぶんだけ、傷ついたんだよ」と訴えられているようで。


だけど、俺はそのとき。

一歩、前に踏み出すことにした。


「……返さないよ、ことり」


彼女の瞳が驚きに揺れる。


「返すんじゃない。

 ……俺に、守らせてくれ」


ことりが、はっとしたように目を見開く。


「そのブラが“君の全部”だったなら、

 それを失くした責任は、俺にある」


「でも、返したところで、もう同じ形には戻らないかもしれない」


「だったら――これからは、俺がそれを守るよ」


「君がまた、“託してもいい”って思えるくらい、信じられるように」


「俺が……そうなるから」


風が、窓から吹き抜ける。


カーテンがふわりと揺れたとき、

ことりの頬にかかった髪が、そっとめくれた。


「……悠真くん」


ぽつりと、名前を呼ばれて。

その声が、ほんの少しだけ震えていた。


「じゃあ……また、お願いしてもいい?」


「私の“鼓動”、ちゃんと――また、洗ってくれる?」


「もちろん」


俺は、まっすぐに頷いた。


「君の想いは、俺がちゃんと――干して、守る。」


■悠真のモノローグ


恥ずかしいとか、重たいとかじゃない。

洗濯とか、布とか、そんなのはただの表面だったんだ。


これは、“心のやりとり”だったんだ。

胸元に一番近い布に、

彼女の全部が詰まってた。


そして俺は今、

はじめてそれに、正面から手を伸ばした。

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