第62話 『ブラ会議、開幕──“どんな気持ちでつけてますか?”』
「……じゃあ、今日は“ブラ”について、話してみませんか?」
そんな一言を口にしたのは、くるみだった。
あの“生乾きの匂いすら読み取れる嗅覚女子”が、
夕食後のくつろぎ時間に、湯気の立つ麦茶を手にしてそう提案したのだ。
「え、えっ……それ、みんなの前で……?」
ことりが思わず目を泳がせる。
「だって、これだけ干されてるんですよ?」
くるみは窓の外を指さす。そこには、悠真が干した4枚のブラジャーが、
まだ陽の残るベランダで静かに揺れていた。
「布は、“干されたら終わり”じゃないんです。
干されたあとに、“誰がどう思ってるか”を、ちゃんと話した方がいい」
その理屈、妙に説得力があった。
そして、誰よりも早く手を挙げたのは、やはりレナだった。
「……あたしさ、ムレるんだよ。とにかく!ムレる!」
「でもさ……それでも、外せねぇんだよ。
“戦闘装備”って感じ? 制服着る以上、勝負の構えっていうかさ……」
「つまり、それがプライドってやつなんだよ!!」
レナの声が部屋に響く。
その荒っぽい口調に、けれど不思議と誰も笑わなかった。
ブラ=“防具”としての自負。
少女であることを肯定するための、無言の武装。
続いて、しおりが淡々と口を開いた。
「私は……ブラは、“自意識の防御壁”だと思ってます」
「男子の目を気にする、女子の視線を気にする、
でも、だからこそ“整える”んです。胸元に“形”があれば、気持ちも形になる」
「裸のままじゃ、心まで触れられてしまいそうで怖いから」
悠真は、その言葉にハッとした。
彼女のそのブラ――地味で、装飾はないが、ピシッと形が保たれていた。
誰よりも観察者であろうとする彼女らしい、“触れさせない意思”が込められていたのかもしれない。
静かに息を吐いて、ことりが小さく手を挙げる。
「わたし……最初は、ほんとにただ、隠すためにつけてたの」
「でもね、最近……ちょっとずつ、思うの」
「見てほしいの。……恥ずかしいけど、でも、誰かに……」
「これが“わたしの形”って、ちゃんと知ってもらえたら……って」
彼女の言葉は震えていた。
でもそれは、恐れの震えじゃなかった。
恋する勇気の、小さな鼓動だった。
「……うん、いい話だなぁ~」
みずきが頭を抱えて笑う。
「けど、あたしは単純よ?動いてもズレなくて、通気性があって……でも、ちょっとかわいくて」
「なんていうか、“誰かに見られること”を前提にしてる気がしてさ。
ちょっとずつ、そういう自分にも慣れてきたって感じ」
セシリアは紅茶を飲みながら、微笑んだ。
「“見せる”ってことと、“魅せる”ってことは違うの。
私は、選んだ時点で、あなたに気づいてほしかったのよ。あのレース、あの色。全部」
「……好きって、どう見せるかだもんね」
くるみがそう言ったとき、ベランダのブラが風に揺れた。
それは、たしかに風だったけど、
まるで、彼女たちの想いそのものが吹き込んだようだった。
■悠真のモノローグ
ひとつひとつのブラに、意味があった。
形も、色も、香りも、誰にも見えない場所だからこそ、
“どう見せたいか”が詰まっていた。
あれは、ただの下着じゃない。
彼女たちの“好き”のあり方だった。