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第61話 『次に干されたのは、私だった』

ことりのブラが、ベランダで風に揺れていた次の日。

空は快晴。

それなのに、部屋の空気は少しだけ――重かった。


静かに、でも確かに“次は誰が干されるのか”という空気が流れていた。


その沈黙を破ったのは、やはり、みずきだった。


「――じゃ、あたしのもよろしくっ!」


そう言って、スポーティなネイビーカラーのブラを洗濯かごにポンと投げ込んだ。


「お、おいおいっ!? ちょ、お前、急に……っ!」


「いいじゃん、もう。だって、ことりのだけ干してたらさ、

 あたしまで“動揺してる側”みたいになるじゃん。」


みずきは、照れ隠しのように笑った。


「しかも、勝負ブラだし。な? これくらいしないと追いつけないからさ」


その瞬間、洗濯かごの空気が変わった。


ピンクレースの中に、ネイビーのスポーツ系。

色の差だけでなく、布のテンション感、ライン、密度がまるで違う。


「……これは……“抑える”ためのブラか……」

と、俺は思わず見惚れてしまった。


「よく見てるわね、悠真くん」

セシリアがにこりと笑って現れる。


そして、手にしていた小さな巾着袋から――

まるで香水瓶を割ったような、ローズカラーの総レースブラを取り出す。


「文化的洗濯において、下着も晒されてこそ。

 私の国では、干すことが“祈り”なの。愛への、ね」


「……えっ、これ、透けてるけど……!」

「干したら、もう“告白”だよな!?」


俺がそう叫ぶと、

セシリアは肩をすくめて微笑む。


「そうよ。“告白”よ。

 胸元って、一番近い距離で、誰にも見せられない場所でしょう?

 だからこそ、あなたに干してほしいのよ」


「俺の洗濯かご、……女心の集積所かよ……」


思わずそう呟いた。


続けて現れたのは、つばさだった。

そして、見せられたのは――


「これは……機能性……か?」


シンプルで、ベージュ系、通気・抗菌・ワイヤーフリー。

“科学的に最適化された布”という印象。


「日常におけるフィット性と耐久性、そして衛生環境を鑑みて選びました。

 “恋に不向きな布”こそ、干されたときに意味を持ちます」


「……なんか、俺、干すときに毎回精神試されてる気がするんだが……」


俺は、タオルとTシャツを避けて、

ブラたちを別のハンガーに丁寧に並べた。


干された瞬間、風が少し吹いた。


それぞれのブラが、違うリズムで揺れる。


ピンクのふわふわ。

ネイビーのしっかり感。

赤レースの柔らかい揺らぎ。

ベージュの、規則的な波打ち。


「……香り、すごい……」


俺はふと、息を吸った。


柔軟剤じゃない、“体温と香りの混ざった布の匂い”だった。


胸元に直接触れていた布。

一番近くで、心臓の鼓動を吸い込んでいた布。


それぞれのブラから漂ってきたのは、

少女たちが言葉にしなかった――

でも確かに抱いていた“好き”の気持ちだった。


■悠真のモノローグ


見ることよりも、触れることよりも。

俺がいま、一番深く踏み込んでるのは、

“洗って干す”っていう行為なのかもしれない。


そこにあるのは、彼女たちが胸に抱いてた鼓動の跡だ。

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