第57話 『布団の中の約束──“今夜は、私の隣で寝て”』
その夜、雨は小降りになったものの、外はまだ湿り気を残していた。
部屋の中には、昼間のまま並べられた布団。
洗えなかったシーツの香りが、わずかに湿った空気に漂っている。
ヒロインたちは各自、寝間着に着替えて布団の上で思い思いに過ごしていた。
そのとき――
「……白井くん」
呼びかけたのは、ことりだった。
彼女は、小さな枕を抱きながら、まっすぐにこちらを見つめている。
「……今夜は、私の隣で寝て」
部屋に、微かな緊張が走った。
セシリアが眉をあげ、みずきが飲みかけの水を吹きそうになり、
レナは「は?」と声を漏らし、つばさはメモ帳に“初動発言”と書き込んでいる。
だが、ことりは赤面しながらも、口を噤まなかった。
「……私、昨日、一番に寝てなかったし、
匂いも、あんまり残せなかったから……」
「だから、今夜こそは……ちゃんと隣で、私の香りを覚えてほしくて……」
その言葉に、部屋が凍りつく。
──そして、次の瞬間。
「……じゃあ、明日はあたしの隣で寝てよ!」
みずきが真っ赤な顔で叫んだ。
「……は? 何それ、じゃあその次は私が隣な?」
レナが立ち上がる。
「“匂いの優先権”なら、順番制で平等に割り振るのが自然です」
つばさが即座に表を作り始めた。
「白井くん、香りの差を分析して記録してもいいかしら?」
しおりが手帳を開きながら微笑む。
「……恋は、隣に寝ることから始まるのよ」
セシリアがうっとりと囁いた。
「香りが混ざる前に、最短距離で刻みつけて」
くるみが静かに付け加える。
──その結果。
「“日替わり同衾タイム”制度、発足します!」
悠真は天井を見上げて、ぽつりと呟いた。
「……俺、ただの干し職人だったはずでは……?」
その夜。
ヒロインたちは、各自の布団に**「印」をつけはじめた**。
みずきは、自作の刺繍入り枕カバーを持参。
レナは、軍手で縫ったワッペンを貼り付ける。
つばさは、QRコード付きタグ(湿度管理機能)を付けるという謎発明。
しおりは、無言で“悠真の寝返り位置”に赤い印を描く。
セシリアは、香水を織り込んだリボンをシーツに縫い込む。
くるみは、小さな手紙をタオルケットの中に隠す。
そしてことりは――
「……枕に、わたしの匂い……残るかな」
と言いながら、そっと柔軟剤を染み込ませた。
悠真のモノローグ:
隣で寝るって、ただの距離の問題じゃない。 そこには、想いがある。 眠ってる間に届く匂いと、温度と、気配。
パンツが“恋の証拠”だとしたら、 布団は―― 一緒にいた夜そのものだ。
 




