第56話 『シーツ交換と、恋の順番──“一番最初に寝たの誰?”』
「ねぇ、知ってる?」
朝食の後、くるみがぽつりと話し始めた。
「布って、一番最初に触れた香りが一番強く残るんです。
体温、汗、呼気、それらが染み込んで、
あとから誰が寝ても、香りの“基盤”は最初のまま」
静かな部屋に、その言葉だけがすっと沈み込む。
それはただの科学的な観察だったはずなのに、
ヒロインたちの目の奥に、小さな波紋が広がっていく。
「じゃあ……」
みずきが、箸を置いて言った。
「最初に悠真の布団使ったの、誰?」
誰も、すぐに答えなかった。
でも、その場の空気は――明らかにざわついた。
ことりが、ゆっくりと口を開きかけた、その時。
「……私よ」
しおりが、ノートを閉じながら、さらりと告げた。
「昨晩、最初に白井くんの布団に寝転がったのは、私。
観察用に、15分だけ先に就寝実験したから」
その瞬間、空気が凍りついた。
「……え?」
「ちょ、ちょっと待って。なんで……」
「それ、聞いてない……」
ヒロインたちの声が交錯する。
しおりは静かに続けた。
「シーツの左端、香りが一番強く染みている部分。
あそこは私の位置。くるみさんも、そう感じたでしょ?」
くるみは、少し困ったように微笑んだ。
「うん……たしかに、“最初の匂い”って感じだった」
ことりの頬が、じわりと紅潮していく。
「そんなの……最初に寝た人が一番匂い残るなんて……
わたし、そんなの、知らなかった……!」
「じゃあ、昨日……」
ことりは立ち上がり、悠真の布団に向かう。
そのまま――シーツをめくり、取り外そうとする。
「もう、だめ! わたしの匂いなんて、全部消えちゃってるなら、
だったら……もう、一回ちゃんと――洗い直したいの!」
「おい待って! それ……!」
悠真が思わず駆け寄る。
「俺の青春、全部入ってるシーツなんだよッ!!」
一瞬の沈黙。
そして、全員が――笑った。
「青春って言うな、バカ!」
レナがツッコミながら肩を叩き、
みずきが大声で笑い、セシリアは優しく布団をなでた。
「でも……ほんとだね」
くるみが静かに呟く。
「匂いって、順番も記憶するんだよ。
最初に好きになった人の匂いって、ずっと残ってる」
ことりは、抱えていたシーツをそっと布団に戻した。
「……じゃあ、今日は……」
「ちゃんと、いちばん最初に寝る。」
小さな宣言のように、ことりはそう言った。
悠真のモノローグ:
順番なんて、気にしないつもりだった。 でも―― 匂いには、ちゃんと“記憶の順番”がある。
最初に染みた感情。 最初に残した想い。
それを、布は忘れない。