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第52話 **『みんなで布団、並んで寝る夜──距離と湿度がバグる』**

「電車、ぜってぇ動かねぇな……」


 レナがスマホを見ながら、低く唸った。


 窓の外では、秋の台風が雨を叩きつけていた。

 ゴウゴウと風が唸り、交通網は完全にストップ。


「うち、もうお母さんから『今日は帰ってこなくていい』ってLINE来た」

みずきが苦笑する。


「私も……今夜は、ここに泊まらせてもらってもいいですか?」

ことりがおずおずと手を挙げる。


「まったく問題ありません」

セシリアは当然のようにスーツケースを持参していた。


「観察者は現場に留まる義務があります」

しおりは泊まる前提でノートを開いている。


「布団は7枚まで敷けます」

つばさが、なぜか図面を作成済みだった。


 こうして、俺・白井悠真の部屋に――


 ヒロイン全員、“お泊まり”が決定した。


 問題は、寝床だった。


「なあ……マジで敷くの? 全員分? この部屋に?」


「ええ、畳は二畳半、布団を敷き詰めれば可能です」

つばさが冷静に答える。


「ぎゅうぎゅうじゃん!!」


 けれどもう、選択肢はなかった。


 俺の部屋の畳の上に、

 女子たちの布団が、横一列に敷かれていく。


 それぞれの枕にタオルケット。

 香りの違う柔軟剤が、すでに空気を甘くしている。


「ちょ、これ……隣、誰と寝るかで死ぬやつじゃない?」

みずきが耳打ちしてきた。


「わたし、端がいい……真ん中は……」

ことりは小声で赤面している。


「逆に真ん中取ったら、存在感アピれるかも」

レナは妙な勝負に出ようとしていた。


 くるみは静かに告げる。


「……夜はさ。

 香りが強くなる時間なんです。

 体温も、汗も、感情も、ぜんぶ……出やすくなるから」


 たしかに――

 空気が、昼より濃く感じる。


 ヒロインたちはそれぞれに、寝間着へと着替えていた。

 ショートパンツ+Tシャツのラフスタイル、

 ワンピース型のパジャマ、

 ちょっと気合入ってる“もこもこ部屋着”系まで様々。


 布団に入ると、すぐに分かった。


 湿った髪、寝汗を含んだ肌、

 そしてシーツに移った体温と香り――

 すべてが近い。


 俺のすぐ隣には、ことり。

 その隣にはレナ。

 逆隣にはみずき。

 くるみは少し距離を空けていて、しおりはずっと観察ノートを握っている。

 つばさは「私は温湿度計と一緒に寝ます」とか言いながら床の隅。


 ことりが、ぽつりと呟いた。


「……この布団、私の匂い……残っちゃうかも」


 言葉にした瞬間、

 空気がぐっと湿っぽくなった気がした。


 セシリアが肩まで布団を引き上げ、微笑む。


「それがいいのよ。

 朝、同じ布団に自分の香りが残ってたら……

 誰かがその中で、あなたを想ってくれた証拠になるわ」


 俺は、隣のことりの枕元に顔を寄せ、そっと目を閉じた。


 ――甘くて、柔らかくて、すこし汗の混じった香り。


 この距離で嗅ぐと、

 パンツ以上に**“その人自身”**が、伝わってくる。


悠真のモノローグ

こんなに近くて、

こんなにあったかくて、

こんなに香ってるのに。


まだ名前もわからない“想い”が、


この布団に――染み込んでいく気がした。


 誰かが寝返りを打つ音。

 誰かがそっと布団を引き寄せる気配。


 湿度は上がっているのに、

 心の距離は――もっと近づいていた。



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