第50話 **『無臭のパンツなんてパンツじゃない!ただの布だッッ!!』**
部屋には風が吹いていた。
ロープに吊るされたパンツたちが、
それぞれの“揺れ”を誇るように、静かに、風に舞っていた。
7枚目のパンツだけが――まだ、吊るされていなかった。
「やっぱり……私は間違ってるのかな……?」
つばさは、パンツを膝に抱えたまま、ぽつりと呟いた。
完璧に洗浄されたミント色のボクサーショーツ。
殺菌、消臭、抗菌加工。
理想的な機能性と清潔感。
でも――そこには、誰の息遣いも残っていなかった。
「恋って、曖昧な感情でしょ?
しみや匂いで伝えるなんて、非合理的だよ。
そんなの……思い込みでしかないじゃない」
その言葉に、誰もすぐに返せなかった。
だけど、全員の目が、あるひとりに向いていた。
俺、白井悠真。
俺は、ゆっくり立ち上がった。
つばさの目の前に歩き出す。
そして、静かに、深く息を吸って――
「違うよ、つばさ」
「……パンツってのはな……」
「しみがあって。
匂いがあって。
ムレてたり、くたびれてたり。
洗っても完全には落ちきらない――
そういう全部を、“それでも好きだ”って言える布なんだよ!!」
全員が、息を呑んだ。
「たしかに無臭は清潔だよ。
機能的で、完璧で、効率的だ。
でもな、それって――
誰の想いも残ってない、“ただの布”じゃねぇか!!」
言葉が、突き刺さる。
つばさの瞳が揺れる。
「俺たちは……」
「誰かが履いてたって分かる“匂い”が、嬉しかったんだよ。」
「汗とか、柔軟剤とか、ちょっと恥ずかしいしみとか。
そういうの全部含めて、
“ああ、このパンツは、あの子のものなんだな”って思えるのが――」
「パンツなんだよ!!」
「無臭のパンツなんて……」
俺は拳を握りしめて、叫んだ。
「パンツじゃねえ!!ただの布だッッ!!」
――沈黙。
それを破ったのは、くるみの涙だった。
彼女はハンカチで目元を押さえながら、小さく微笑んだ。
「……ありがとう、悠真くん。
やっと……言ってくれた」
「ずっとね、誰かが“布”じゃなくて“恋”って言ってくれるの、待ってたの」
みずき:「……泣かせにくんなよ、もう……」
レナ:「くっそ、ほんとバカ正直だな、お前」
セシリア:「でも……それでこそ、白井悠真ね」
しおり:「観測完了。“布が、パンツになる瞬間”……記録」
そして――つばさが、静かに立ち上がった。
彼女の手には、ミント色のショーツ。
そのパンツに――わずかにだけ、柔軟剤の香りが残っていた。
「……今日だけ、試してみる」
「“ちょっとだけ香る”パンツ。
誰かに気づいてもらえるか、見てみたいの」
そして彼女は、
その布を、ベランダのロープにそっと吊るした。
7枚のパンツが、風に揺れる。
無臭、星柄、レース、紐、抗菌、コットン、そして――微香性。
くるみが、窓辺で微笑んだ。
「……いい匂い。
まだ照れてるけど……恋の始まりの香り。」
悠真のモノローグ
しみも、匂いも、恥ずかしさも。
それでも干したいって思えることが、
パンツを“恋の布”に変えるんだ。
無臭の布も、今日からは――
誰かの想いを、ちゃんと伝えることができる。
それを干すのが、俺の役目だ。
エンディング描写
夕暮れのベランダ。
7枚のパンツが、黄金色の光に揺れている。
誰かの想い。
しみの記憶。
香りの余韻。
その全部が、
**“恋してる布”**として、静かに、やさしく、風に舞っていた。