第48話 『“しみ”も“匂い”もない世界で、恋は始まらない』
翌朝、天気は穏やかだった。
台風一過の空に、うっすらと秋の光。
空気は澄んで、ベランダにはいい風が吹いていた。
でも――
部屋の中だけは、なぜか空虚だった。
ロープに吊るされたパンツたちが、そよそよと風に揺れている。
星柄メッシュは元気に跳ね、
白レースは恥じらうように控えめに揺れ、
赤紐パンは優雅なカーブを描いていた。
そして、その中に――
ひとつだけ、反応のないパンツがあった。
ミント色のボクサーショーツ。
つばさがクエン酸で洗った、“完全無臭パンツ”。
風に吹かれても、揺れはする。
けれど誰も、目を留めなかった。
無意識に、視界から外してしまうように。
まるで、“そこにないもの”のように。
「……このパンツ、なんか……ちょっと、さみしい」
ことりが呟いた。
その声に、みんなが静かにうなずいた。
セシリア:「完璧に整えられた布は、美しいわ。
でも人が見つめたくなるのは、揺れてるものなの。
不安とか、照れとか、感情がにじんでる方が……目で追いたくなるのよ」
くるみは、無臭パンツの前に立ち、再び鼻を近づける。
昨日と同じ。
なにも感じない。
だからこそ、今度は確信を持って言った。
「“想い”が込められてない布は、なにも伝えてこないの」
みずき:「たしかにさ。汗かいて、ムレて、ちょっと恥ずかしい時もあるけど……
あたし、それで“わたしのパンツだ!”って感じてたんだな、って」
レナ:「……バカにされたくなくて、ムレ対策してたけど。
でも、ちょっと匂ってたからこそ、“あたし”だった気がする。
パンツまで無臭になったら、ただの防具じゃねぇか」
しおり(観察ノートを閉じながら):「布は、乾くだけじゃだめ。
感情のしみを“残して”こそ、意味があるのかも」
つばさは、黙って皆の声を聞いていた。
胸の奥に、微かな“敗北”の感覚。
でも、まだそれが何に負けたのか、わからなかった。
そんな彼女の隣で、悠真が小さく呟いた。
「……しみも匂いもあるから、好きになれるんだよな」
風が吹いた。
吊るされた布たちが、またそっと揺れた。
無臭のパンツだけが、誰にも見られず、ただ揺れていた。
悠真のモノローグ
恥ずかしくても、匂ってても、
しみがあっても、それが恋の証だった。
匂わないパンツは、ただの“綺麗な布”。
でも俺たちは――
香りの残る誰かの想いに、惹かれてたんだ。